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2016/01/31

Nobody Does It Better

(カーリー・サイモン著『Boys in the Trees: A Memoir』第2部10章~11章)

イギリスの作家、風刺家であるウィリアム・ドナルドソンとの恋、ショーン・コネリーとの出会いを中心に描かれる。

byesimonsistersヤードバーズ、ローリング・ストーンズ、ビートルズが溢れていた1960年代中期、大学生活も順調だったカーリーは、家族とロンドン一ヶ月滞在を提案するが、母親にはペットの世話などを理由に断られ、姉ルーシーからは、サイモン・シスターズ活動のためのセッティングをしてくれるなら後で追いかけるわ、との約束で、先にカーリーがクイーン・メアリー号で出発。ロンドンで、幾つか紹介されたエージェントのうち、出会ったウィリー・ドナルドソン(William Donaldson)の機知に富んだ魅力に、カーリーは忽ち恋に落ち、当時ウィリーが付き合っていたイギリス女優サラ・マイルズ(出演作『召使』『欲望』『ライアンの娘』など)と別れたのち、年齢差10歳の二人は暗闇のベッドで愛し合った。
ウィリーのマネジメントによりウェールズ国王を招待した姉妹の公演は成功、カーリーはウィリーとの結婚を夢見て、共にアメリカ帰国の途につく筈だったが、土壇場でウィリーに断られてしまう。

失恋の痛手を負いながら、姉妹はサウサンプトンからニューヨーク行きの船に乗る。その際、ショーン・コネリーを見かけた。姉妹はスーツケースの置き場所も無い、狭い寝台の一つ部屋で収納のやり繰りを余儀なくされる。落ち着いてから、ふとカーリーは、ショーン・コネリー宛てに思い切って「私たちはロンドンでリハーサルを経て帰国する姉妹で、父は著名なサイモン&シュスター社の創業者です。ディナーの前に、お茶か軽いカクテルでもご一緒しませんか?」と、手紙をコネリーの居るスウィート・ルームへ係に届けさせた。ルーシーは、私と連名にしないでと弱腰だった。
電話のベルが鳴った時、カーリーはてっきりウィリーと思い込み受話器を取った。その相手はショーン・コネリーだった。姉妹のキャビンに招かれたコネリーは、あの『ドクター・ノオ』『ロシアより愛をこめて』のままだったが、役を終えた俳優の抜け殻のように見えた。当時、彼はLSDを使用していた。カーリーは彼が姉妹の長い脚をチラ見していたのを見逃さなかった。

次の日、姉妹はコネリーのスウィート・ルームに招かれた。トム・ジョーンズの「何かいいことないか子猫チャン」が巨大なスピーカーから流れ、高級メニューを盛んに勧められた。シャンパンにいったん躊躇したが、その後は、ダンスに誘われ、3人によるスクエア・ダンスに戸惑いながら、彼の上品なファン交流の流儀に従い"サイモン・シスターズ・サンドウィッチ"を楽しんだ。それから姉妹は得意のフォーク・ソングを披露したが、姉妹を金持ちの歌手とイメージしていたコネリーは困惑したようだった。
以降、姉妹はコネリーに誘われ、スウィート・ルームに呼ばれては書棚にあるアイルランド詩人、ディラン・トマスやイエーツの詩を朗読したり、映画上映会やカジノのお伴をした。

spymooreある晩、いつものようにコネリーからお誘いの電話が来るはずだったが、なかなか電話が鳴らない。準備していた二人は諦めて寝支度を始めた。きっと007のように素敵でシックな女性を連れて先に下船したんだわ、私たちはマネーペニーね、と。その時、電話のベルが鳴った。ルーシーが少しずらして電話を取り「妹は寝支度を始めていて、私はこれから夜気に当たりにデッキを散歩するところですわ」。それから翌朝まで、ルーシーは戻らなかった。カーリーの当時の日記には、"もう、フランス語で歌う「風に吹かれて」は懲り懲り! さよなら「Winkin', Blinkin' and Nod」! ノーモア・サイモン・シスターズ!!"。
今では姉妹はどんなに離れても替えがたい存在だと結ぶ。ロジャー・ムーアが主演した007で、カーリーは主題歌を担当し、あの頃のファンタジーはクライマックスを迎えた。「私の頭の中ではショーンを思い浮かべて歌ったの。ショーンが1965年のあの姉妹を思い出してくれることを願って」。

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