FC2ブログ
2016/01/02

We Have No Secrets

カーリー・サイモン自伝『Boys in the Trees: A Memoir』は、第二部へ。9章は超お嬢様学校で知られる(オノ・ヨーコも入学していた)サラ・ローレンス大学時代を中心に、1960年代の文化・風俗にも多く触れられる。

withnick米Amazonで、この本を読了した人のレビューに、「8歳のカーリーと性的行為をしたビリーは、もはや病気」とあった。実際にカーリーはビリーを責めてはいないが、この体験が長く彼女の内面に影を落としているようだ。
カーリーの、いわゆる恋愛手順を踏んだ初体験は、ハイスクールの最後の年、お相手は、あのハーヴァード・ボーイのイタリア系ニック。ニックは彼女が関心を持った哲学、文学など、あらゆる分野の質問に辛抱強く答えてくれたという。そのニックとの初めてのメイク・ラヴの場所は、奇しくもビリーと関係を持ったサイモン邸の夏のプールだった。

カーリーは吃音以外にもパニック障害を抱えており、ハイスクール在学中は女性試験官の靴音が後ろから聴こえてくるだけで、トイレに逃げ込んでしまうほど。彼女は、特別に自分用にアレンジされた試験問題を自宅で受けていたという。それだけに、大学進学も不安材料が多かったが、かつて担任だった人望厚い教師が、サラ・ローレンスの入試委員に任用されたのを機に、推薦がかなった。彼女は"artistic type"で"sensitive"と。大手出版社の娘として学内で注目されがちだったが、父が残した遺産はけして多くは無く、週25ドルの仕送りで満足だった。

入学の頃、カーリーはまだ姉ルーシーとの活動に至っておらず、離れて看護学校に通うルーシーは、ジョーン・バエズのデビュー・アルバムから全ての歌と、幾つかコードを学び、週末になるとカーリーに手ほどきをした。
カーリーが初めて書いた歌は、シニア・ハイ・スクール時代の友達のホフマンと。タイトルは二人の名をもじって"Si-hoff Blues"。当時の彼女のアイドルはオデッタ・ホームズだった。

サラ・ローレンスの1年次は、外国語必須でカーリーはイタリア語を選択。授業中に長編詩の朗読の必要に迫られ、吃音を抱える彼女は、ギターで歌うことを思いついた。"singer's closet"からのカミングアウトの瞬間である。クラスの反響はスリリングで、以降、大学寮の一室で彼女が歌うと、廊下まで混雑するほどだった。彼女のヴォーカルへの影響は、オデッタの他、ペギー・リー、ジュディ・コリンズ、アニー・ロス、マリー・トラヴァース、ビリー・ホリデイ、ナット・キング・コール、ハリー・ベラフォンテへと広がり、次第にオリジナルな声を獲得していく。(つづく)

コメント

非公開コメント