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2013/11/23

再々演の整合性

結局『夜会2/2(再々演)』のBlu-rayを買っちゃった。公演~映画~ビデオ鑑賞。十三才の時から彼女にどれだけお金使ったことやら(笑)。
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再々演の目的は恐らく、ストーリーの背景説明までも含めて楽曲化し、初見の人に予備知識なくとも伝わるよう、舞台進行の整合性に熟慮されたものだ。
結果、みゆき(=莉花)の歌う部分が少なくなったが、作家性を尊重すれば、この改訂には大いに拍手したい。相手役の男性(=圭)との親密さを描くため、対話形式にすれば相手役の歌唱も必要になる。
なんといっても鏡細工の演出が秀逸で、過去シーンの再現、トラウマの分身の虚実の表現が可能となった。

この整合性に重きを置いて観た場合、果たして初演とどちらが良かったのか、判らなくなってきた部分もある。こちらを立てればあちらが立たず、あちらを立てればこちらが立たず、の一長一短は残ってしまう。
「2/2」自体、この再々演が初見となる人は、莉花が事故後、ベトナムの安宿に戻った折、彼女を追いかけてやって来た圭の置き手紙を受け取り、会いたさを募らせた彼女がいったん再会を躊躇する演技に、気づいただろうか?

これは、圭に再会しても彼女が「あなたを傷つけてしまうかもしれない」から、思いとどまったのだ。
けれど今回の再々演では、莉花が何も言わずに圭の元を去っているのは、相手への気遣いよりも、ただ「私の中の狂気に恐れた」ゆえだと捉えた観客は居るんじゃなかろうか。
その点、初演では「私、幸せになっちゃいけないんです」という台詞が、彼の元を去る理由として叫ばれているから、初演の圭役はイメージ的な扱いで希薄な存在感だが、関係性の密度の代わりに距離感は描けている。

この出来事と感情を説明する鍵となるのが「この思いに偽りなく」だ。この曲、初演では圭のロフトで莉花が一人旅発つ前に歌われるが、再々演では旅先の安宿の場面に変更。この変更は大きい。
初演では旅先で圭を思い出すシーンが、彼が直接会いに来るまで描かれなかったために、二人の親密さが希薄だったが、再々演によって、この歌が圭への再会の恋慕を強く訴える効果に変貌した。
が、逆に、この変更点が圭を傷つけるかもしれないリスクの説明の欠如となる。♪いつか傷つけてしまうのが私なら…と後付けの説明になったわけだが、この場面では、莉花の帰国の動機が、初演と異なり具体的に圭との再会の目的として印象付けられているのだから、観客は二人の親密さに基づき、会ってはならない事情との間で揺れ動く莉花の心理をなかなか読みとりにくい。

初演の「私、幸せになっちゃいけないんです」という台詞は、俳優の故・伊藤敏八相手なら自然に見えるが、再々演のコビヤマ氏だと視覚的にサマにならないという点が、削られた理由だろうか。

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