Nobody Does It Better

(カーリー・サイモン著『Boys in the Trees: A Memoir』第2部10章~11章)

イギリスの作家、風刺家であるウィリアム・ドナルドソンとの恋、ショーン・コネリーとの出会いを中心に描かれる。

byesimonsistersヤードバーズ、ローリング・ストーンズ、ビートルズが溢れていた1960年代中期、大学生活も順調だったカーリーは、家族とロンドン一ヶ月滞在を提案するが、母親にはペットの世話などを理由に断られ、姉ルーシーからは、サイモン・シスターズ活動のためのセッティングをしてくれるなら後で追いかけるわ、との約束で、先にカーリーがクイーン・メアリー号で出発。ロンドンで、幾つか紹介されたエージェントのうち、出会ったウィリー・ドナルドソン(William Donaldson)の機知に富んだ魅力に、カーリーは忽ち恋に落ち、当時ウィリーが付き合っていたイギリス女優サラ・マイルズ(出演作『召使』『欲望』『ライアンの娘』など)と別れたのち、年齢差10歳の二人は暗闇のベッドで愛し合った。
ウィリーのマネジメントによりウェールズ国王を招待した姉妹の公演は成功、カーリーはウィリーとの結婚を夢見て、共にアメリカ帰国の途につく筈だったが、土壇場でウィリーに断られてしまう。

失恋の痛手を負いながら、姉妹はサウサンプトンからニューヨーク行きの船に乗る。その際、ショーン・コネリーを見かけた。姉妹はスーツケースの置き場所も無い、狭い寝台の一つ部屋で収納のやり繰りを余儀なくされる。落ち着いてから、ふとカーリーは、ショーン・コネリー宛てに思い切って「私たちはロンドンでリハーサルを経て帰国する姉妹で、父は著名なサイモン&シュスター社の創業者です。ディナーの前に、お茶か軽いカクテルでもご一緒しませんか?」と、手紙をコネリーの居るスウィート・ルームへ係に届けさせた。ルーシーは、私と連名にしないでと弱腰だった。
電話のベルが鳴った時、カーリーはてっきりウィリーと思い込み受話器を取った。その相手はショーン・コネリーだった。姉妹のキャビンに招かれたコネリーは、あの『ドクター・ノオ』『ロシアより愛をこめて』のままだったが、役を終えた俳優の抜け殻のように見えた。当時、彼はLSDを使用していた。カーリーは彼が姉妹の長い脚をチラ見していたのを見逃さなかった。

次の日、姉妹はコネリーのスウィート・ルームに招かれた。トム・ジョーンズの「何かいいことないか子猫チャン」が巨大なスピーカーから流れ、高級メニューを盛んに勧められた。シャンパンにいったん躊躇したが、その後は、ダンスに誘われ、3人によるスクエア・ダンスに戸惑いながら、彼の上品なファン交流の流儀に従い"サイモン・シスターズ・サンドウィッチ"を楽しんだ。それから姉妹は得意のフォーク・ソングを披露したが、姉妹を金持ちの歌手とイメージしていたコネリーは困惑したようだった。
以降、姉妹はコネリーに誘われ、スウィート・ルームに呼ばれては書棚にあるアイルランド詩人、ディラン・トマスやイエーツの詩を朗読したり、映画上映会やカジノのお伴をした。

spymooreある晩、いつものようにコネリーからお誘いの電話が来るはずだったが、なかなか電話が鳴らない。準備していた二人は諦めて寝支度を始めた。きっと007のように素敵でシックな女性を連れて先に下船したんだわ、私たちはマネーペニーね、と。その時、電話のベルが鳴った。ルーシーが少しずらして電話を取り「妹は寝支度を始めていて、私はこれから夜気に当たりにデッキを散歩するところですわ」。それから翌朝まで、ルーシーは戻らなかった。カーリーの当時の日記には、"もう、フランス語で歌う「風に吹かれて」は懲り懲り! さよなら「Winkin', Blinkin' and Nod」! ノーモア・サイモン・シスターズ!!"。
今では姉妹はどんなに離れても替えがたい存在だと結ぶ。ロジャー・ムーアが主演した007で、カーリーは主題歌を担当し、あの頃のファンタジーはクライマックスを迎えた。「私の頭の中ではショーンを思い浮かべて歌ったの。ショーンが1965年のあの姉妹を思い出してくれることを願って」。

フィリップスの美音空間

2月発売のボックスセット『フィリップス・クラシックス~ザ・ステレオ・イヤーズ(50CD)』は予約したものの、これ以前に発売された『Philips Original Jackets Collection』(2012)も気にはなっていたのだが、既に廃盤なので入手を諦めていた。が、もう少し調べたらAmazonに1点だけあるのに気づき、思わずポチッてしまった。先ほど到着。

55iconic

55CD。通常価格での入手。当時のセール期の価格を知ってしまうと口惜しいが、それでも単価にすれば1枚200円台。フィリップス録音の良さを認識するのが遅すぎたのだ。子供の頃、実家にあったLPは何故かグラモフォンかロンドン・レコードばかりで、CD時代に入る頃には自分のクラシック興味が薄れていた。数年前、ヘブラーのモーツァルト集をきっかけに、徐々にハイティンク、グリュミオー、ブレンデル、クレバースなどに手を伸ばしつつあったこのごろ。クラシックのボックスセットが、昔では考えられなかった廉価で、しかもリマスター処理が施されているなど、ユーザーには有り難い時代になったものだ。

既にデッカに合併吸収され、使用禁止になっているレコード部門の"PHILIPS"ロゴは、ボックスセットに限り許可され、収録音源のオリジナル・ジャケットの刻印もそのまま復活。早速CD1のブルッフ作品からアッカルド演奏のヴァイオリンを聴いているが、自然な厚みの上品な美音に、買って良かったと満足。ネット・レビューでは、ボックスの作りやブックレットに不満の声があったが、非正規品でもあるのだろうか? ボーナス・トラック不要でオリジナル収録にして欲しかった、との意見もあるが、レコードが無かった時代の作曲ばかりなのだし、クラシックのボックスはキチキチに入れてくれるほうが嬉しいけどね。

フランシスのベスト盤

テニス試合をTV観戦すると、やはり体調が悪くなる。そんなに力入れて応援してるつもりは無いんですけど。ボールの行き来を凝視し過ぎなんでしょうかね。それでも、錦織選手が負けた後の試合続きも、どうしても知りたいので、今夜はラジオみたいに音声だけ聴くつもり。

これは記事にしていなかった、フランシス・ブラックのベスト盤『The Best Of Frances Black』(2000)。
francesbest

16曲入り。これ以外にベスト盤では二枚組の『The Essential Frances Black』(2008)が出ています。オリジナル・アルバムのほうも全て自分は持っていますが、ソロ以前のトラッド・グループ、アーカディ在籍時代も含めて、代表曲・良曲が平らに選曲されていると思います。
フランシスの音楽性は、姉メアリーとは一味違った、カジュアルなポップス・センスを備えたフォーク・ソングの傾向。フランシスの歌を聴くと、ダブリンの小洒落たグラフトン通りをイメージする(実際、「On Grafton Street」という曲もあるね)。抜群に歌がうまい、というほどでもないのだが、軽めの歌い口が、ラジオから流れてくると、ふと合わせて口ずさんでいそうな馴染み良さ。バリー・ギブ兄弟作品をカヴァーした(9)「Love Me」は、彼女の歌唱で好きになった。

クルクル・・・

tower1CDラックを一つ追加しました。ほんとはデカいのが一つドンと欲しいのだけど、賃貸だとどうしても思いきれません。今回は回転式を初めて購入。

ネット・レビューでは15分ほどで組み立て完了したとあるのに、自分は2時間もかかってしまった。上板を側板上部に差し込もうとして、こっちの穴を合わせたら、あっちが浮いて外れてしまい、あっちを合わせると今度はこっちが・・・の繰り返しで、いっかいヤケを起こして途中で投げ出しました。それから気を取り直して、説明書無視して取り組んだら、すぐ出来上がりました。これ、説明書の手順が悪いわ。

tower2通常プラケースで144枚ですね。スペースに無駄が無く、腰上の高さに置くと閲覧しやすい。今後、年間通して聴くアルバムは、こちらをメイン棚に。CDを大量保管している人はスリムケースに入れ替えるなど、やり繰りされているだろうが、自分は背表紙が見えるほうが好きなんです。

初めてペダル式のゴミ箱を買った時、捨てる物が無くても嬉し気に何度もパカパカ踏んでいたように、今回も当面意味も無くクルクル回してしまいそうです。

アラウ、ノクターンの色気

SNSはブログに比して、画像取扱いのハードルが下がりやすいのかな、とも思う。気分の反映がしやすいから。理解できないのが、自分の食事の後、「ハイ、完食ー!」といって、食べ終わった皿の画像をアップしている人。あれ、なんで見せるのかな。たぶん現場に居合わせていれば、さほど不快でも無いだろう他人の食後の食器が、写真でわざわざ見せられると、皿に付いた汁気や、口を付けたお椀の痕が誇張されていやらしいのだ。

▼アラウ『ショパン:夜想曲全集/4つの即興曲』タワレコ限定盤
chopin

Appleでクラウディオ・アラウ演奏のショパン夜想曲を聴いた途端、ハッとした。忽ち惹き込まれ、衝動買い。初アラウ。
きっかけは最近国内ワーナーから発売された旧EMI録音盤のSACD化"レジェンダリー・シリーズ"で、アラウの初期ラインナップにそそられたのだが、後年、アラウはフィリップスと契約していたのを思い出したのだ。
やはりフィリップス録音はいいね。来月、BOXセットで『フィリップス・クラシックス~ザ・ステレオ・イヤーズ(50CD)』が発売されるのだけど、収録曲に拘らず買おうかと思ってる。デジタル録音時期以前のステレオ音源中心らしい。

ショパンはCDとしてはほとんど持っていない。ショパンに対する演奏コンプレックスがあるのと、好みとしても、対位法が強調された曲のほうに、旋律を歌う喜びを感じる傾向にあったので。それに手持ちのピアニストは、ほとんどがケンプで、ケンプはショパン録音が限られていたのだ。
これほど重心を感じさせるノクターンは聴いたことなかったような。紳士の色気というか。言葉に表せないほど熟した塩梅のフレージングだ。聴いててとろけそう。取り込まれてしまいそう。これは、男性が作る料理のほうが旨いといった、そういうデリカシーなのかもしれない。

Come Upstairs

(カーリー・サイモン著『Boys in the Trees: A Memoir』第2部9章つづき)

サラ・ローレンス在学中の、サイモン・シスターズの活動始動と、ニック・デルバンコとの恋愛生活が綴られる。
(本書は、当時の文化・風俗に関する記述が興味深く、本筋とは別に参考資料としてリンク集を後日記事にまとめようと思う。)

delbancoカーリーは、姉ルーシーと、ルーシーの友人チャーリー・クローズと、ヴィレッジ・フォーク・シーンでのブレイクを目指して、曲や衣装、ハーモニーについてコンセプトを話し合った。そして敏腕マネージャー、ハロルド・レヴェンサルに引き合わされる。ハロルドはルーシーの作曲スキルを高く買い、「Winkin', Blinkin' and Nod」を代表曲にしようとした。以降、姉妹はマンハッタンのブリーカー・ストリートのナイトクラブやコーヒーハウスなど、様々なフォーク・ミュージックの現場のオーディションを受けさせられた。ことは迅速に進められ、カーリーは自分が大学生であり、ニックのガールフレンドであることも忘れるほどだった。
残りの夏を、カーリーはケンブリッジでニックと過ごした。ニックは彼女のショウビズ界入りに仰天し、カーリーがよからぬ誘惑に晒され、かの『サンセット大通り』のヒロインの末路を辿るのを怖れた。カーリーは業界に入っても、私は変わらないわとニックに誓った。

サイモン・シスターズは、クラブ"ビッター・エンド"や"ガスライト"に新進気鋭の出演者として、エヴァリー・ブラザーズのような美しいメジャーセブンスのハーモニーを聴かせた。ステージには学友や母親、親戚なども聴きに来て、堂々たる存在感を賛美された。ジュディ・コリンズ、ランディ・ニューマンらと並んで、いよいよ姉妹の才能が開花しようとしていた。当時、コメディアン活動中で、漫談で出演していたウディ・アレンには、コメディ批評を求められ、批評メモを実際に手渡しアレンがそれを読む頃には、彼女たちは大真面目に歌い始めていた。

レコーディングした「Winkin', Blinkin' and Nod」は、一部地域から火が付き、トップ20に昇りつめ、姉妹は学業を続けながら、東海岸のクラブから大学キャンパスのツアーを敢行。そして一週間弱でファースト・アルバムが完成。彼女たち自身による美しいハーモニーと伴奏以外には、ベース奏者が一人加わっただけで、わずか5000ドル以下の予算で作られた。
カーリーは、レコード発売が待ち切れなかったと述懐する。レヴェンサルのオフィスで好評を聞きつけた姉妹は、有名レコード店をはしごし、自分達のレコードを見つけては飛び上がって抱き合った。そして試聴ブースで自分達の音楽をヘッドフォンで聴いては、また興奮して叫び合った。その喜びが従来のステージ中のMCに対する恐れと入れ替わっていった。
ある夜のショー、憧れのオデッタが観に来てくれた時、カーリーはステージ終了後、気絶してしまった。

一方、恋人ニックは大学卒業後、奨学金を得てヨーロッパに滞在中。カーリーの母は、父との想い出のスタンフォードの家を売り払ってしまった。カーリーは無性にニックが恋しく、大学を休学してニックに会いに行った。フランス田舎で、お湯の出ない風呂に悩まされながら、同棲生活を送った二人が次第に倦怠を迎える中、原因不明の震えを理由にカーリーだけ帰国することになる。母親の勧めで精神分析医にかかりながら、後にニューヨークでニックと再会し、レストランで想い出のフランス地産ワインを飲み語らった。その帰り道、二人は自然に別れた。
その夜、カーリーは再び身震いに目を醒ます。原因は地産ワインのアレルギーだったのだ。

テレーザのFundamental

去年から気になっていたブラジルのテレーザ・クリスチーナ、2005年のライヴのフル動画を視聴して気に入り、CDで買うつもりだったが、まずはスタジオ録音盤で良い作品がないかAppleで探してみました。
ちょうど新作がラインナップされており、早速試聴すると、例の2005年ライヴで歌われた曲が幾つも聴けた。これ、新作じゃなくてベスト盤かな。Teresa Cristina & Grupo Semente『Fundamental』(2014)。
fundamentalハスキーなヴォイスは素朴な土臭さをもって、人懐こく弾む。テレーザのアルバムは個人名義と、このグループ名義を合わせると多数出ている。ジャンルはパゴーヂとなっていて、パゴーヂとは家庭的な小規模編成のサンバを指すそうだ。通常ギターの他、小ぶりの4弦ギターはカヴァキーニョ、打楽器はパンデイロやタンタン、タンボリンなど。
このグループ名義アルバムが楽しめるので、しばらく聴き込むことになりそうだ。テレーザは既にベテラン域のキャリアを持つシンガーだが、大御所然とした重たい節回しにならないのがいい。

アントニオ・ザンブージョ

去年末は、何年かぶりにミュージック・マガジンの最新号を入手。相変わらず真保氏のレビューは字数稼ぎの外連味。"ILL"、"DEF"多用の保母氏は降りたのかな。

年間ベスト・アルバム情報入手目的だったが、見事に自分の知らぬアーティストばかり。ここからランダムに試聴してみた。まずはワールド・ミュージック部門ベスト8に選ばれた、ポルトガル男性ファド歌手、アントニオ・ザンブージョ新作『ルア・ダ・エメンダ』。antonio
手持ちのファドCDといえば、若手女性ジョアナ・アメンドエイラのみで、アマリア・ロドリゲスさえ聴いていない。ファドにはまだ嵌り切れない時点。男性ファドは本作が初体験だ。少しカエターノ・ヴェローゾにも似た物腰柔らかそうな優しい声質に、高音部の特徴的なファドならではのフレージング。国内盤はライスから出ているが、オリジナル・レーベルはユニバーサルだから、本国では相当人気が高いのだろう。

乾いた音場が少数編成の緊密感を醸し出すが、時にブラス・アンサンブルを追加するなど、リッチなアレンジ。全体的な作風の印象としては、手持ちの古いナポリ歌謡歌手、ロベルト・ムローロに近い。他にブラジリアン要素も。穏やかで、ポルトガル・ギターは海面をたゆたう陽光のようだ。

ヘイデン・ファミリー

Apple Musicの再契約をしました。1ヶ月だけ利用。また耳が忙しくなるね。前回、利用した履歴は完全にリセットされたようです。

charlieチャーリー・ヘイデンという名前だけでも予め知っていたかどうか。いや、現代ジャズはマイケル・ブレッカーを1枚持ってるだけだしなぁ。知ったかぶりは出来ない。
ジャズ・ベーシストの彼が家族と友達でセッションしたフォーク&カントリー・アルバムを試聴。Charlie Haden Family & Friends『Rambling Boy』(2009)。

きっかけは天辰氏のブログで、ヘイデンの3人娘のカントリー新作が紹介されていて、その繋がりで遡って辿り着いた。彼のジャズ・ファンにとっては異色だろうが、「Shenandoah」「Down By The Salley Gardens」などアイリッシュが収録されているこちらのほうが、僕にはスムーズなのだ。

演奏全体が繊細な温かさで、数回繰り返してかなり気に入ってる。三人娘のヴォーカルもクセが無く、マナー良い。参加はヴィンス・ギル、エルヴィス・コステロ、パット・メセニー、ロザンヌ・キャッシュ、リッキー・スキャッグス他。

EMI時代10タイトル リマスター再発売!

大貫さんのEMI時代の旧譜10タイトルが、デビュー40周年を記念してユニバーサルからリマスター&SHM-CD仕様で3月30日に一斉発売されるそうです。10タイトルの内訳は、

・DRAWING〔ドローイング〕(1992年2月26日)
・Shooting Star in the Blue Sky(1993年9月22日)
・TCHOU!〔チャオ!〕(1995年4月19日)
・pure acoustic(1996年11月27日) セルフカヴァー・アルバム。1987年に通販のみでリリースされた同名アルバム再発盤に、1993年にリリースされた「PURE ACOUSTIC PLUS」に曲追加したもの。
・LUCY〔ルーシー〕(1997年6月6日)
・東京日和(1997年10月8日) 同名映画のサウンドトラック。
・ATTRACTION〔アトラクシオン〕(1999年2月24日)
・ENSEMBLE〔アンサンブル〕(2000年6月21日)
・note(2002年2月20日)
・One Fine Day (2005年2月16日)
※ウィキペディアのディスコグラフィー項より引用加筆(カッコ内はオリジナル盤発売日)

各2484円。10作中、半分以上CD所有してるけど、既に持ってる『note』『One Fine Day』をまず買い直してから、順次揃えよう。特に『note』はバランス修正の要望を事務所宛てに出していただけに嬉しい(回答いただけたが、その時はミディ時代のリマスタ盤の告知案内だった)。エンジニアの名前は不明だが、40周年パンフに付属されたCDと同じ人だろうか。
『One Fine Day』はダブルジャケで再現してほしいけど、そこまでは望めないかも。そうなると旧盤も手放せないから困ったものです。

告知ページ
・大貫さんご本人のご挨拶文もあります。

Winkin' Blinkin' and Nod(2)

(カーリー・サイモン著『Boys in the Trees: A Memoir』第2部9章つづき)

カーリーがサラ・ローレンス大学時代に交際したハーヴァード大生のニックについて、ニック・デルバンコとフルネームで著述されているので、Wikipediaで調べたところニコラス・デルバンコ(Nicholas Delbanco)として作家になっておいででした。カーリーは10代の初恋から、付き合う相手は世に出た人ばかりだったんですね。しかも少女時代にジェイムスにも偶然出会っているという。

simonsisters「私は、有名になるかもしれないわ!!」。大学寮で宗教詩をフォーク・ソングにした歌を披露し、女学生達を狂喜させたカーリーは、ニックに興奮の手紙を宛てた。
週末はサラ・ローレンス大から、カーリーは3時間半かけてケンブリッジのハーヴァード大にいるニックに会いに行き、ハーヴァード大学寮のルールを破って、愛し合った。二人でロマンティックな詩を引用しながら。滞在中、彼女がハーヴァードのカークランド・ハウスでオデッタの「Bald Headed Woman」を歌った時、もはやオデッタの真似では無く、歌声は自身のサウンドになっていた。それは偶発的に起こったものだった。以降、サラ・ローレンスとケンブリッジを行き来しつつ、郊外のオーディションを沢山受けるようになり、"話すことの恐怖"から解放感を得られるようになった。

1963年夏、姉ルーシーと"サイモン・シスターズ"結成。彼女たちはヒッチハイクでケープ・コッドを目指す計画を立てた。ウディ・ガスリーの小娘版のように歌で成功することを夢見て。母親のカクテル・パーティで歌う以上の本気で臨みたかったのだ。母親はこの計画に反対したが、彼女たちは安物のギターケースを引き摺りながら巡業の旅を続行。旅先の下宿屋や安モーテルに泊まっては、穢い狭い共同部屋と隣接するレストランの騒音に疲弊しながらも、そこには若さゆえの音楽苦行の喜びがあった。

彼女たちは、プロヴィンスタウンでのオーディション情報を聞きつけ、迷うことなく受けた。クラブのオーナーは「早速今夜9時に出てくれないか」。良いチャンスだったが、不安があった。(どれだけデュエットできるかしら? どれだけコードを知ってる? どれだけレパートリーがある?)。しかし、彼女たちは練習するのではなく、寒いビーチで泳ぐことにした。そこで『オズの魔法使い』の臆病なライオン役を演じたバート・ラーになり切って、"C-C-COURAGE(度胸だ)!"と叫び、気合いを入れ自らを鼓舞した。カーリーはルーシーの前で、凍った海水を強く踏み付けた。ルーシーは笑いながら拍手で歓迎、速攻ダッシュで砂浜に上がり身震いしながらタオルをあてがった。

初めてまともな聴衆を前にしてのギグ会場は、8歩幅ほどのベニヤ合板でしつらえた間に合わせの低い舞台。目前にタトゥーにデニムを穿いた男女が集まっていた。後で聞くところによると、そこはゲイ&レズビアン・バーだった。二人は客の吠え声で、やんやともてなされながら、ジョーン・バエズの曲を歌い始めた。ルーシーがMCと、上声部を担当、カーリーが下声部。クリアーとハスキーの二つの声は理想的にブレンドされ、発音の癖も同じだった。持ち歌の「Winkin', Blinkin' and Nod」の他、ハリー・ベラフォンテの「Day-O」では満場一致で歓ばれた。
そうしてピート・シーガー、アラン・アーキン、ウディ・ガスリー、ジュディ・コリンズなど手掛けたマネージャー、ハロルド・レヴェンサルに出会い、デビュー・レコードがリリース、好評を博すこととなる。

タイム・トラップ

Netflixのオリジナル以外のドラマも視聴しました。過去にNHK放送済みのグレン・クローズ主演『ダメージ』(2008~)のシーズン2最終話まで鑑賞。

damagesグレン演じる敏腕弁護士が、若手女性弁護士を従えて繰り広げる法廷ドラマかと予想していたが、クライム・サスペンスの趣向だった。シーズン1では、その若い女弁護士が訴訟ケースから殺人事件に巻き込まれ、我が身も危険にさらされる。ことの顛末は、時系列をバラバラにして、視聴者を過去と半過去の狭間で揺さぶりながら、最終話の現在に辿り着くと、真実が分かるようになる。

フラッシュバック手法の多用に、焦らされながらも立て続けに観てしまった。時系列通りに並べ替えれば、取り立ててトリックも無い、シンプルな犯罪なのだ。「人を信用するな」の決めセリフの通り、庇ってくれる筈の人物が裏で繋がっていたり。大都会ニューヨークを舞台にしながら、悉くスパイの眼が行き届く場所で、密会するシーンが多いのには苦笑するが、役者陣の重厚さはリアルだ。

シーズン1の顛末をシーズン2に引きずりながら、次回訴訟へと展開していくのが好印象だったが、フィアンセを失った若いヒロインの心理に照準した展開なので、のっけから沈んだトーンに脱落する視聴者もいたのでは? シーズン2でも、フラッシュバック多用だが、終わってみれば、新訴訟に絡む人物関係と、主役弁護士間の上司と下司との確執の件が、相互にクライマックスへ作用されたかどうか、少々疑問だ。シリアスだが、一流事務所の血なまぐさい公私混同の展開が不自然な緊迫に感じられて。

シニアの次章

前回記事で紹介したNetflixドラマ『ナルコス』、一気に観てしまった。久しぶりじゃないかな、こんなにのめり込めたのは。ネトフリのオリジナル・ドラマは20本ほど配信中で、2話ずつ観てみて面白ければ最終話まで突っ走ろうと思ってる。でも1ヶ月じゃ足りないな。

grace&次に視聴したのが、『グレイス&フランキー』。ジェーン・フォンダ他、シニア世代の2組の夫婦役が主演。
共同経営者の夫を持つ、二人の女性が、それぞれの夫から、離婚話を持ちかけられる。それは、夫同士が恋して結婚したいから!
 もちろん妻たちは大パニック。
『フレンズ』の製作者が手掛けた、大人向けのウィットのきいたホーム・コメディ。妻同士は、けしてソリが合うわけではなく、一方の妻のヒッピー世代を偲ばせるような呪術にハマるシーンなど、同時代を生きたアメリカ人には受けそうだ。

これも2話まで観たが、おじいちゃん同士のカップルが、それほど愛し合っているように見えない。演技は上手だが、シニアだから控え目に見せてるのか、隠れて愛し合って20年も経つからなのか、キスシーンはあるが、もっといちゃついたほうが真実味が伝わりそう。でも、コメディだし、匙加減が難しいね。

妻たちは、そういえば夫の書斎に長いこと入ったことがなく、気が付けば男性ヌード集や、セクシャリティを窺わせる絵画など、趣味の変化に今更気づく。「そういえば、夜の営みで股間にディルドをあてがわされたわ!」。
両家の子供同士も、何やらトラブルを抱えてそうで、枝葉が広がりそうだが、どこまで楽しめるかは、やはり本筋にかかっているだろう。

きな臭いラテン・アメリカ

昨年、日本にも上陸したNetflix、昨日から一ヶ月お試し利用することにしました。ドラマの他、映画、ドキュメンタリーなども見放題だが、やはりネトフリのオリジナル・ドラマが目当て。

narcos早速、視聴したのは『ナルコス』(2015)。コロンビアの麻薬王パブロ・エスコバル(実在人物)が築き上げたカルテルと、マイアミから追跡してきたアメリカ人の麻薬捜査官、彼に協力する現地コロンビア捜査官たちによる闘いを描く。
このドラマは、現在ネトフリのみの配信で、未だDVDは出ていないようだ。

10話のうち2話まで観終えたが、予想以上に面白い。スポンサー不在のため、もともとCM挿入を念頭に置かない編集だからか、展開のテンポが非常に良い。アメリカ制作ながら、語り部としてナレーションを兼務するアメリカ人捜査官が英語を使うほかは、本編中、ほとんどが、〈〉付きでスペイン語の日本語訳字幕だ。

登場人物は多いが、対立構図が単純だから、ストーリー把握は簡単。役人の買収とか、こんな風にやってるのか~、なんて。やっぱり家族を脅すとテキメンだよな。捜査官の同僚が、あっけなく射殺されるシーンなど、哀悼のヒマもなく、淡々と人間模様を紡いでいくのがスリリングだ。性的・暴力シーンも、TV放送ならタブーなのではないか。かといって、ことさら過激なのではなく、あくまで物語にのっとった描写の域である。

ラテンの濃い顔立ちのキャラクター配置も的確に感じる。身震いするほどの非情に、時折みせる恩情に意表を衝かれ、そのバックに流れるラテンがまたなんとも。

エレガント・ソウル

二束三文で買い叩かれるのを承知で、10枚ほど不要のCDをブックオフに持ち込んだら、ホンマにこれ以上は無いほどの格安買取額だった。友達の知人のオペラ歌手の自主制作CDも、紛れ込ませていたのだけど、やはり買取対象外だった。

royalettes新年の購入第1弾は、ロヤレッツの1st.アルバム『It's Gonna Take A Miracle』(1965,2001)(ユニバーサル国内盤)。ローラ・ニーロがカヴァーしていた「ゴナ・テイク・ア・ミラクル」のオリジナルがこのガール・グループ。このエレガントながらも力強さを合わせ持ったメロディ展開がたまらない。ライターは、このアルバムのプロデューサー&アレンジャーでもあるテディ・ランダッツォ。

中古盤の最安値を探して買い求めたのだが、近年、2nd.アルバムと合わせた2イン1盤が、変わらぬ値段で出ていると後から気づいた。リマスタされているようだが、ドンシャリ系のクリアーだがキツめの質感。この辺のクラシック・ソウルをCDで求めるなら、やはりロンドンのAce Recordsが最も音質の信頼が出来ると思う。でも、ロヤレッツの曲は、ごく一部、ガールズ・グループのコンピレーションでしか取り扱われていないんだよね。

届いたばかりで、数回繰り返したばかりだが、やはり表題作のインパクトは強い。曲によっては、ところどころ節回しがこなれていない感があるが、それも若さで押し通せてしまう初々しい魅力。テディ・ランダッツォは、解説のプロフを読むと、ドン・コスタ、シンシア・ワイルらに通じており、何処かでみんな繋がっているんですね。このロヤレッツのプロデュース時期は、バリー・マンやバート・バカラックを意識した大作指向の頃らしく、トレンドの音像の一角を楽しめる。

10年経ったか

ブログを始めて10年経ったようです。開始当初は映画中心でした。最近は、要所でコメントいただけるようになって、いい感じです。ネット付き合いで、相互関係を維持するのは難しいもので、相互リンクを外して良かったと思いました。

コメントの行き来を止めた方の中には、近年の外交問題について意見記事をご自身のブログに書かれるようになり、それが何というか読者のほとんどに同調されるであろう想定の下に書かれているようで、音楽分野の趣味では親近感があったが、引いてしまった。相手方からも、こちらの音楽記事にコメントをいただいていたが、アクセス解析すると、実際はプライベート記事と、大貫さんのお父上の歴史本に触れた記事にアクセスが集中しており、老獪な年配者の裏表を垣間見るようで、面識の無い人へのコメントはやはり慎重でないと、と思った。

基本、自腹で鑑賞した作品、ライヴの記事なら無難だろう。それでも、映画感想に関しては、「こう感じるべき」との押しつけがましい書き込みに遭い、映画公式サイトにまで波及する珍事もあった。その頃の僕への批判は、「分析的で温かみの無い人」という指摘だった。ただ、そういう人達は、並行して他人のブログにご自分の事ばかり書き付けている。要は聴き手は誰でも良かったのだ。だが、誰が赤の他人の私事を真に受けるだろう? 創造物が最も尊重されるべきなのだと、随所に思う。

We Have No Secrets

カーリー・サイモン自伝『Boys in the Trees: A Memoir』は、第二部へ。9章は超お嬢様学校で知られる(オノ・ヨーコも入学していた)サラ・ローレンス大学時代を中心に、1960年代の文化・風俗にも多く触れられる。

withnick米Amazonで、この本を読了した人のレビューに、「8歳のカーリーと性的行為をしたビリーは、もはや病気」とあった。実際にカーリーはビリーを責めてはいないが、この体験が長く彼女の内面に影を落としているようだ。
カーリーの、いわゆる恋愛手順を踏んだ初体験は、ハイスクールの最後の年、お相手は、あのハーヴァード・ボーイのイタリア系ニック。ニックは彼女が関心を持った哲学、文学など、あらゆる分野の質問に辛抱強く答えてくれたという。そのニックとの初めてのメイク・ラヴの場所は、奇しくもビリーと関係を持ったサイモン邸の夏のプールだった。

カーリーは吃音以外にもパニック障害を抱えており、ハイスクール在学中は女性試験官の靴音が後ろから聴こえてくるだけで、トイレに逃げ込んでしまうほど。彼女は、特別に自分用にアレンジされた試験問題を自宅で受けていたという。それだけに、大学進学も不安材料が多かったが、かつて担任だった人望厚い教師が、サラ・ローレンスの入試委員に任用されたのを機に、推薦がかなった。彼女は"artistic type"で"sensitive"と。大手出版社の娘として学内で注目されがちだったが、父が残した遺産はけして多くは無く、週25ドルの仕送りで満足だった。

入学の頃、カーリーはまだ姉ルーシーとの活動に至っておらず、離れて看護学校に通うルーシーは、ジョーン・バエズのデビュー・アルバムから全ての歌と、幾つかコードを学び、週末になるとカーリーに手ほどきをした。
カーリーが初めて書いた歌は、シニア・ハイ・スクール時代の友達のホフマンと。タイトルは二人の名をもじって"Si-hoff Blues"。当時の彼女のアイドルはオデッタ・ホームズだった。

サラ・ローレンスの1年次は、外国語必須でカーリーはイタリア語を選択。授業中に長編詩の朗読の必要に迫られ、吃音を抱える彼女は、ギターで歌うことを思いついた。"singer's closet"からのカミングアウトの瞬間である。クラスの反響はスリリングで、以降、大学寮の一室で彼女が歌うと、廊下まで混雑するほどだった。彼女のヴォーカルへの影響は、オデッタの他、ペギー・リー、ジュディ・コリンズ、アニー・ロス、マリー・トラヴァース、ビリー・ホリデイ、ナット・キング・コール、ハリー・ベラフォンテへと広がり、次第にオリジナルな声を獲得していく。(つづく)

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 シャケ/YASUHISA

Author: シャケ/YASUHISA
男性 昭和40年代生まれ

愛猫カオ(ロシアンブルー)と同居
常にマイブームがないと生きていけない

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