Rock'n Raul

NTTのポイント失効が迫っていますメールがきて、交換対象の景品をチョイスするだけで今日は疲れてしまった。結果、10数年ぶりにプリンターを新調することに。

caetano1

先日、カエターノ・ヴェローゾの旧作を記事にしてから、彼の最近のライヴ作品を動画サイトでリサーチしていたのだが、若い女性シンガー&ソングライター、マリア・ガドゥとのデュオ・ライヴがカエターノの公式サイトでフル・アップされていて、これが良いのですわ。近年のセー・バンドの作品は悉く避けてきただけに、久々のアコースティックが嬉しい。

画像は『ノイチス・ド・ノルチ・ライヴ』(2002)。アルバム『ノイチス・ド・ノルチ』(2000)を引っさげたツアー収録。2枚組。ここでも聴衆はエキサイト。過去曲やマルコス・ヴァーリの名曲など斉唱。前ライヴ作品『プレンダ・ミーニャ』よりコンパクトな編成が風通し良い。カエターノって、やっぱり頭いい人なんだな、と思う。音楽的には、ジャキス・モレレンバウンとの出会いは大きかっただろう。

【ここへ来た時
俺の戦いは
示して見せることだった
アメリカ人になりてぇぇぇって気持ちを
(中略)

テキサスにエーテルでできた仮小屋を構え
ワイオミングでマリファナのプランテーションをやって
アシェーだのドドーだのクルズーだのはナシだぜ
本当のバイーアはリオ・グランデ・ド・スルなんだから

ロックン・ミー
ロックン・ユー
ロックン・ロール
ロックン・ハウル】
「ロックン・ハウル」(ユニバーサル国内盤より)

ブラック・ブラザーズ

ブラック・ファミリーのアルバムの中で、これだけ試聴サンプルが見つからないですが、良いですよ。シェイ、マイケル&マーティン・ブラック『What a time』(1995)。

black

ブラック・ファミリー名義としてのファースト作は、長女メアリーもリード・ヴォーカルをとっていたが、ソロで人気が出たためか、セカンド作では、バック・コーラスに回り、その後、次女フランシスも続いてソロ人気が出たためか、今作ではフランシスもバックに回り、男3人兄弟にスポットを当てた内容となっている。

3人それぞれ、よくよく聴けば個性の違いがあり、長男マイケルは中庸をいく繊細なヴォーカル、次男シェイはマッチョなカントリー歌手みたいな野太い感じだが、やはり歌のマナーはきっちり押さえていて、ぶっきらぼうにならない。三男マーティンが、やや歌唱力が弱いか。3人揃えばハーモニーは安定した調和をもたらし、そこへ姉妹が加わると、アイリッシュ典型の家庭の和みが見えてくるようだ。

ベスト・トラックは、マイケルとメアリーのデュオ(8)「Love at a Distance」。二人の相性の良さは、その後のマイケルのソロ・アルバムでも証明された。全員による(10)「Tear-drops and Two-Steps」のカントリー・フォークの小気味良さに、自然と体も揺れる。今は亡き御母堂のリード・ヴォーカル・トラックも。

既出映像
https://youtu.be/6VGRnE2Y3e0

青いゼラニウム

週末深夜に起きている時は、英国TVシリーズ『ミス・マープル』再放送を観ている。アガサ・クリスティーの小説は、「ホロー荘の殺人」だけ読んだかどうか、というくらい。「ホロー荘…」は、日本で野村芳太郎監督、大竹しのぶ主演『危険な女たち』(1985)として映画化され、当時、神戸三ノ宮で劇場鑑賞した記憶があります。

現放送分では、ジュリア・マッケンジーがマープルに扮する。ゆうべの回「青いゼラニウム」は特に面白かった。
【大富豪プリチャードの妻メアリーは「ゼラニウムが青くなった時不幸が訪れる」という予言におびえていた。そして予言は的中する】(NHKサイトより)

ドラマで推理劇を観る場合、単純に役者の登場頻度で、ストーリー内容に関わらず犯人を当ててしまえることがあり、たいてい微妙に目立つ脇役がそれであるが、登場人物の多さ、サイド・エピソードに気を逸らされているうちに、まんまと引っ掛かってしまった。
作りは至ってフェアで、伏線も予め見せられていたし、マープルの「囚われ過ぎていた」というセリフ通りだった。唯一、壁紙のゼラニウムが青く変色するトリックだけが、ラストに種明かしされるのみである。

色男を演じた大富豪プリチャード役は、トビー・スティーブンス。なんとマギー・スミスの息子らしい。

ハロー・サンシャイン

ザ・ワイルドワンズの加瀬邦彦さんが先日、亡くなられました。世代的に「想い出の渚」さえあまり馴染みがなく、家族も流行のグループサウンズを聴いていなかったので、一枚もその向きのレコードが無かった。

agnes

僕が持ってるのは加瀬さんが作家として参加された古いアグネス・チャンのLP『私の恋人』(1977)。彼女の引退後のアルバムだったかと。録音契約だけ残っていたんでしょうか。

他の作家陣に、布施明、三浦徳子、松本隆、他各氏。編曲には瀬尾一三さん、ラスト・ショウ他。演奏は全てラスト・ショウ。ラスト・ショウも、ちょっと僕の世代では馴染み薄いですが、本盤の明るいカントリー系ポップな音が涼やかで好きだった。

加瀬さん参加の2曲はA-(5)「愛のパントマイム」(作詞:松本隆)。これがハーモニカがフィーチャーされた情感のあるいい曲なんですよ。誰かカヴァーすれば良いのに。もう1曲がB面1曲目に相応しい「ハロー・サンシャイン」(作詞:三浦徳子)。サビから入る典型的ポップス。

ちなみに洋楽のカヴァーではカンツォーネのA-(6)「花咲く丘に涙して」が。原曲のジリオラ・チンクエッティよりも編曲が印象的。

Prenda Minha

caetano

カエターノ・ヴェローゾのライヴ・アルバム『プレンダ・ミーニャ』(2000)は、結構お気に入りでよく聴いた。軽快で爽快な印象のプログラム。
このころで60歳前か。めちゃくちゃ歌が巧い人とは思わないが、万年青年のような若々しい、しなやかなヴォーカル。才気漲る作曲センス。大阪フェスで観た時は、隣のブラジル人らしき男性客が、熱狂していたのを憶えてる。カエターノの本国での人気は凄まじいもので、最新ライヴ映像では、彼がシャツをはだけただけで皆、騒いでる。もう70歳越えてるんじゃないの? 彼の人気についてはブラジル史との関係も切り離せないだろう。

このライヴ盤は国内仕様で対訳も付いてるが、普遍的なラヴ・ソングが多いようだ。どこがかつてそんなに過激だったのか、一時、国外追放されたなんて理解出来ない。
お気に入りはクルージング感のある(15)「リーニャ・ド・エクアドール/赤道」。本盤はVHSでも持っていたが、デッキに飲み込まれたまま出てこなくなり、やむなく処分。演劇的なステージングが視覚的にも魅力的だった。

【広大無比なこの愛は
ブラジリアの空をも
建造物の輪郭をも超える
こんな風に彼女が好きだ】(ポリグラム国内盤対訳より)

カーリーが音楽担当のディズニー・アニメ(2)

サントラ盤で聴いたきりだったカーリー・サイモン音楽参加のディズニー・アニメ『くまのプーさん/完全保存版II ピグレット・ムービー』(2003)の本編を、レンタルして初鑑賞。アニメは久しぶり。

pig

完全保存版というタイトルは日本独自のもので原題は『Piglet's Big Movie』。プーさんはじめとする動物たちの仲間のなかで、いちばん体の小さなピグレットは、仲間の手伝いをしても、その貢献を皆が見過ごしている日々。ある日、ピグレットが行方不明になり、ピグレットの家にあった思い出スケッチから、仲間達が後を追うというストーリー。

ふだん、大人向け実写ドラマで破綻してる箇所を厳しくチェックする癖が付いているので、本作でピグレットは、行方不明の間、何をしていたか説明が無い点など飛躍を感じてしまうが、動物たちの信頼関係が確認されたクライマックス・シーンは込み上げてくるものがあった。
キャラクターの中では、カンガルー母子が可愛かった。対する父性の役目はプーさんということなのだろうか。しかし、プーさん、ピグレットに対してちょっと無神経な言動をしていたんですね。

そして随所に挿入されるカーリー作の愛らしい歌。Amazonレビューでは、(誰か知らない女の人が、きれいな声で歌ってるが、声優に全部歌ってほしかった)などと書いている件が。カーリーのことを知らない人は多いのだろう、それが国内劇場公開見送りの理由の一つかもしれない。
アニメーターにはそうそうたる数の日本人名が連ねている。背景もキャラクターもよく描けていたと思う。

「思いがけない私」

miyuki

昔のバンド仲間で、現在ライヴ・バーをやってる同い年の友達に、リマスター買い替えで不要となった中島みゆきさんの旧盤をまとめてあげたら喜んでくれた。彼は佐野元春ファンだが、初期のみゆきも一応好きなのである。それで、彼女についての談義になると、やっぱり昔のほうが編曲よかったね、と。

提供楽曲と既発表曲のセルフ・カヴァー・アルバム『時代-Time goes around-』(1993)。僕が彼女のアルバムを聴き込んだのは、このへんまでかな。ここ数十年、アレンジャーは瀬尾氏おひとりに固定されてるが、倉田信雄氏も残ってほしかったな。本盤では中江有里への提供曲(2)「風の姿」などリアレンジ。先日の吉田美奈子さんのライヴでは、この倉田氏が作曲した楽曲も歌われていた。テイチクの頃のちあきなおみさんの編曲も素晴らしい。どのジャンルも洗練された仕事ぶりで、フォーク系楽曲にもジャズ・テイストを織り込み映像的に仕立てる、多才なキーボード奏者だ。

デビュー当初から彼女はアレンジャーの面子には恵まれていた。セカンド・シングル「時代」は、あらためて聴いても心がこもっていてリアレンジされた本盤ほど発声法が成長していなくても沁み入る。

近年でこそ、応援歌的な印象を持たれるようになった彼女だが、いっけん私的にみえるささやかな恋愛歌が好きだ。「風の姿」の

【嵐が近い 嵐が近い
思いがけない私かもしれないわ】

には、アイドル提供のため恋愛内容の形をとりながらも、思いがけない自己の発見による、詞を書く「私」の存在意義も本能的に重ね合わせられているようにも、解釈している。

スモーカーの画策

てっきり新作も一週間レンタル可能と勘違いして、旧作と合わせて『ダウントン・アビー/シーズン2』を3本まとめてレンタルしようとして、「あさって返却期限です」と言われ、時間を詰めて鑑賞する羽目に。それにしてもドラマ作りが巧い。衝撃的な死やメロドラマを交えて、次回へ引っ張るわ引っ張るわ。

down

現在、NHKでシーズン3放送中だが、これで後追い補完出来た。どのキャラクターも魅力的で、ネットで俳優の情報など辿ってみると、普段のルックスと随分違う。特に驚いたのがオブライエン役とヒューズ役の女優さん達。役柄とメイクでこんなに変わるのか。
http://www.huffingtonpost.com/2014/02/10/downton-abbey-costumes_n_4747517.html

使用人達の中でも、取り立てて接点のないオブライエンとトーマスが妙に仲が良いのが面白い。この二人、休憩時間の喫煙中にウマが合ったと思われる。仕事のグチから共有意識が生まれたパターン。現実の職場でも有りがち。こういう関係は、実際に利害の局面になると、いともあっさり破綻することを、後にきちんと描いてくれてるから頼もしい。

パーシー・スレッジのベスト盤(2)

percy

パーシー・スレッジさんが先日、亡くなったそうです。今年に入って初めて彼のベスト盤(タワレコ限定、最新リマスター)を入手、繰り返し聴き始めたところだった。
ダン・ペンが手掛けた楽曲を歌ったシンガーの音源を辿っていく上で出会ったパーシー、デビュー以前は看護師で、患者を寝かしつける時に、よく歌っていたそうです。

もともと黒人ソウル・シンガーは苦手という意識が少なからずあったが、アーサーと、このパーシーに嵌れたので、ジェイムス・カーやウィルソン・ピケットも試聴中だが、歌い口がハードなので、なかなか手が出ない。パーシーのソフトなクライング・スタイルと、マッスル・ショールズの初期録音の拙い勢いながらも、歌心を押さえたシャッフル・バラードに郷愁を誘われる。

the night alone is with me

aleyn

ジューン・テイバーのライヴ・レコーディング・アルバム『aleyn』(1997)。彼女のCDは、ほとんど輸入盤で持っているので、物語性の強いトラッド&フォーク・ソングの数々を、たまには感覚ばかりで聴くのではなく、訳もしてみようと。しかし、のっけから、アルバム・タイトルの"aleyn"は辞書にさえ載っていない。人の名前?

トラック(3)「no good at love」は、タンゴ風味の曲調を、ジャズ編成で歌われる。簡潔なメロディなので、有名曲かと思ったが、ネットで軽く調べた限り、作者エイドリアン・メイの名前はヒットしない。
たぶん噛み合わない愛の皮肉について歌ったもの。かなり深そうだが、ネットに訳文を載せる勇気は無い。通常文のレトリックさえ理解出来ないのに、詞の行間まで読み取るのは難しい。特にピリオドが付かないと、どう前後に噛んでいるのやら、ともすると真逆に取りかねない。

"there's different kinds of loneliness
the kind you make yourself's the best
I know because I've tried the rest
I am no good at love" (by Adrian May)

上下階の構図

『ダウントン・アビー/シーズン1』をレンタルで観終え、現在放送中のシーズン3が選挙特番で休みになったタイミングで、同じ脚本家で一代貴族である、ジュリアン・フェロウズと、ロバート・アルトマン監督による映画『ゴスフォード・パーク』(2001)をレンタル鑑賞。マギー・スミス、ヘレン・ミレン、クリスティン・スコット・トーマス他出演。

park

やはり貴族屋敷を舞台に、主人と使用人、特に使用人の仕事現場をつぶさに描写した、階上&階下の物語である。『ダウントン・アビー』との大きな違いは、本作はミステリー要素を絡めてあるということ。そして、ドラマと映画の尺の違いが、物語のトーンを大きく違えているようだ。連続ドラマの長尺となれば、主従関係の親和性も覗かせないと長く持たないという判断だったのかは知らないが、当主の好悪のキャラクター設定に隔たりがある。

また『ダウントン』では、エピソード進行に主要な人物にきっちり照準を当てた撮影になっていて解りやすいが、本作は一堂に会した各人各様のドラマがスピーディーに風俗描写を合わせて収められ、画面の端々まで緊張感が漲り目が離せない。
序盤から、一気にキャストが出揃うため、相関関係についていけなかったが、事件発生後あたりから、なんとか分かり始めた。たとえ飲み込めなくとも、「下の者」の目線に立てば、「上の者」たちは、しょせん金に群がる雑魚に過ぎず、さらに事件の真相を知れば、尚更、憶えるに値しない印象を与えられるのも、監督が意図した絶妙なる塩梅だったか。

ノー・マジック

magic

ウディ・アレン監督、コリン・ファース、エマ・ストーン主演の『マジック・イン・ムーンライト』(2014)を、公開初日に鑑賞。世界的に活躍するマジシャン(=ファース)が、南仏の叔母の近くに住む資産家に取り入る女霊媒師(=ストーン)のインチキを見破るため乗り込むが、次第に彼女に魅かれていく…。

コリン出演作は、相変わらず当たり外れが極端だ。せっかくのアレンとのタッグも空回りの印象。というか、どう見ても脚本そのものに魅力が無いとしか。ハッピーエンドまでに脇役の絡みがほとんど無いんですよ。脇役が活きてないと主役が映えてこない。かろうじて叔母役くらいか。
アレンならではの饒舌辛辣セリフをコリンは捲し立てるが、どうもうわっすべりしてる。単純なプロットにも関わらず造形が見えづらい。その訳として、
(1)フィアンセが一応いるだけに恋愛に疎いキャラには見えづらい
(2)女霊媒師の才能をホンモノと認めた瞬間から、コリンに恋愛の自覚の兆候を観客は感じ取った、よって
女霊媒師のほうから、半ば告白同様のセリフを聞かされ、ピンと来ない鈍感なコリンのまさかの演技に、ほとんどの客は戸惑ったのじゃなかろうか?
ラスト、コリンの混乱した演技によって笑わされるが、観客が、そこまで奴は鈍感だったのか、と気づいた頃には、エンドロール。軽妙なテイストながら、歳の差を超える程のお似合いの男女には見えなかった。

ピアニシモ≧フォルテシモ

先日の吉田美奈子さんのライヴを鑑賞してから、体調が向上してるんです。4年前から身体が委縮したように硬くなって、痛くて何を試しても解けなかったというのに。不思議だ。

spell

美奈子さんのサイトを覗くと、その大阪ライヴでのスタンディング・オベーションを嬉しそうに綴っておられた。あの時の客は、皆、喝采をおくらずにいられなくて自然に立ちあがった感じ。終演後も、誰もが余韻に浸ってニコニコしながら帰ったと思う。

今回の森俊之さんのアコースティック・ピアノとのデュオ、【フォルテッシモの内にあってもピアニッシモでの歌の表現ができるピアノ】とツアー主旨を紹介。僕なりの解釈だけど、例えば同じアコギでもライン録りとMIC録りでは質感が異なるように、アコースティックのエアーな感覚を求められたのかなと思う。そして、森さんのプレイのダイナミズムに全幅の信頼を置いた。

昨年から続々リイシューされている、実兄の吉田保氏によるリマスタリング盤も幾つか入手してみたい。その告知ついでに語られた業界のリマスタリング事情も興味深かった。

画像のアルバム『SPELL』(1997)に収録の「Precious」のデュオも素晴らしかった。この方は、レコーディングに余計なテイク数や、編集など一切不要なのじゃないだろうか。

https://youtu.be/YFkbGd5Qvpo

JT新作情報

ジェイムス・テイラーの新作『Before This World』情報がamassにアップされていました。

13年ぶりのオリジナル・アルバムか。プロデューサーはアイルランド系ですね。メイキングやサンプル曲を視聴する限り、近年のツアー&レコーディング・メンバーがほぼ固定しているため、よりフォーキーとなるも、前作「オクトーバー・ロード」の感触と変わらないのは個人的に嬉しい。

記事中、【テイラーはこの約10年、新曲を書く行為自体をやめていたようですが、およそ2年前に、このままだと新曲で構成されたアルバムをリリースすることはないかもしれないと懸念し、家族らを説得。米ロードアイランド州ニューポートのアパートに篭り曲作りを行い、アルバムに収録するだけの新曲が書けた・・・】という記述が、なんだかよく解らない。要は、JTは、その気になって隔絶された環境に身を投じないと、曲が書けないということなのだろうか? 書かないと新録できないのは、まぁ尤もな話ですが。それだけ契約に縛られないんでしょうね。

透明なcorona

もう、何て言ったらいいか。素晴らしすぎて。雷に打たれたみたい。
吉田美奈子さん×森俊之さんのライヴに行ってきました。

minako

この会場は初めてだった。案の定、道に迷い、最寄りのでかい警察署に駆け込み、若い警官にスマホで調べてもらった。

約20年ぶりの鑑賞だったが、もっと凄くなってた。その圧倒的な声量とフレージングが生み出すグルーヴの彼方には、透明な何かが炎の揺らぎのように待っていてくれる。思い出しただけで、涙が出そう。
森羅万象の芸術を感じたのは、「CORONA」。ピアノと歌がキラキラと宙を漂っていたのを確かに体感した。

大満足の約二時間半余りの公演。やはり自分はビルボードのような1時間余りの形態は性に合わないと思った。あれは高いし、グループ客優先の客席配置が好かない。ああいうところでディナーコース食べたいと思うかな。
バンド形態じゃないからと見送った人、残念。ピアノとのデュオは、バンドに比肩するヴァラエティでした。

終演後、近くの宗右衛門町の友人のバーに立ち寄り、興奮冷めやらぬ状態のまま、一方的にまくしたて、さんざんマスターを羨ましがらせて帰ってきた。

限嗣相続制

英米の海外ドラマと比較すると、日本のドラマは事務所押しのひょんなアイドルが出演してくるから興ざめる。制作側が妥協してどうする?と思うが。
毎週NHK日曜夜放送の英ドラマ『ダウントン・アビー/シーズン3』が面白いので、未見のシーズン1からレンタルしてきた。

検索より
abbey

女性視聴者が多そうだが、自分もダウントニアンになりそう。華麗なコスチューム、緻密なドラマ構成。『マッサン』はしつこい番宣や、ブランド絡みなどで視聴率を煽ったが、脚本家の泥臭いテイスト指向が、上流家庭のモデル創始者への反発からか、純粋なモノ作りへの葛藤を逸らしてしまった失敗作だったと思う。
ダウントンで繰り広げられる貴族たちの、人間臭いことよ。

物語の動機はシンプル。1912年、タイタニック号の沈没による親族死亡を機に、伯爵家に相続問題が起きる、というもの。ここで限嗣(げんし)相続制という法律が耳慣れない。
【不動産を分散させないために、土地や屋敷を男子一人だけに相続させる制度】(本編字幕より)
主役一家は女性3人の娘だけで、男子がいない。しかも妻が嫁いできた際の持参金まで、人手に渡ってしまうというから、憂慮するというわけだ。

ここで貴族の爵位をメモ。上から
公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵(こうこうはくしだん)

使用人達の主人に仕えるディテール描写が物語を下支えする。より高い給金を望む内部軋轢は、サラリーマンの縮図のよう。使用人のポジションは、
【執事の下には、第一下僕、第二下僕。
家政婦長の下には、メイド長、ハウスメイド。
料理長の下には、厨房メイド。】(NHK公式サイト参考)

5人家族に数十名の使用人。なんとも優雅な暮らしぶりだが、寝間着でうろつけないから窮屈そうだ。実際の貴族屋敷を使用。オープニングから、屋敷内部を流れるようにパンしながら次々とキャストを映す明快さ。1話45分で、優に画像の人数分がほぼレギュラー出演(右下、シャーリー・マクレーン)するが記憶力の試練は無く、立場の違いが明確ゆえ掴みが思いのほか早い。

第1話(日本語吹替)
https://youtu.be/iGtBd29bvfg

麦を揺らす風

keane

ドロレス・ケーンの最新作として、随分経った『ナイト・アウル』(1997)。彼女のアルバムの中で記事にするのが最後の作品となる。
初来日にして最後となった唯一の大阪でのライヴは、前日の東京公演に比べて喉の調子が芳しくなく、まるで東西で評価を二分した印象に終わってしまった。その後の録音となる本作で、依然調子が戻らないことを悟った。

本作発売当時、自分は壁の薄いアパートに住んでおり、それは隣人の普通の話し声が聞こえてくるほどで、こちらが普通の音量でこのCDを流すと「なんや下手やんか」という会話まで聴こえてきた。
ドロレス・ケーンを初めて聴く方には確かに本作からはお薦めしない。これとオーヴァー・プロデュースだった『檻の中のライオン』以外からなら何処からでもチョイスして良いと思う。

昨年、復活を遂げ、大々的にアイルランドのメディアに取り上げられ、ドキュメンタリー番組も制作された。アルコール依存症による収容施設でのリハビリを経た現在の彼女はとても元気そうだ。
だが、ツアー中の動画で現在のパフォーマンスを一部確認した限りでは、覚束ない節回しで、絶頂期の記憶を重ね合わせることで、何とか堪えうるレベルに感じられた。

本作、久々に聴き返すと、彼女の近況との比較のせいか、まだきれいな声で、みずみずしく感じた。節回しも、彼女が求めた本来の姿が残っている気がする。なんといってもプロデュースがいい。離婚後も音楽パートナーである、イングランド人の元夫、ジョン・フォークナーだ。

https://youtu.be/fAD7OHwkjq0

グレイなモノクローム

minako

吉田美奈子さんのアルバムの中で、唯一所有するアルファ盤は『モノクローム』(1980)。'90年前後のアルバムから聴いてきた自分には、かえってこのアナログの質感は新鮮だ。ドラムの音なんかモコモコしていて、今時の録音のような臨場感は得られないのに、シックリくるというか、むしろ黒光りするほど。

彼女って日本人ばなれしたイメージあるから、ずいぶんと豪放磊落な性格なのかな、と思いがちなもので、それだけに(2)「レイニイ・デイ」や、(5)「エア・ポート」などの、待ち人のような歌世界は意外なようで、アルバムの中でも白眉ともいえる情感の輝きなのだ。
時間軸と距離感を漂うファンク。この人の歌にもうすぐ逢える。

https://youtu.be/FsmpO-7-eSE

Pagination

Utility

別宅のご案内

sake moge Flickr(オリジナル写真集)                   ●手さぐりのリボン結び(オリジナル楽曲集)

プロフィール

 シャケ/YASUHISA

Author: シャケ/YASUHISA
男性 昭和40年代生まれ

愛猫カオ(ロシアンブルー)と同居
常にマイブームがないと生きていけない

月別アーカイブ

全記事(数)表示

全タイトルを表示