堅い殻の中の性癖(2)

破壊力満点のミヒャエル・ハネケ映画『ピアニスト』(2001年)のDVDが最近廉価リイシューされたので購入。ハネケの劇場公開作品は半分近くレンタルして観たが、本作は原作を基にしているだけあり、起承転結が明確な点では解りやすいほうだろう。

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映像はHDニューマスター版とのことで、きれいでした。特典映像には、チョイスした8点ほどのチャプターに沿った主演イザベル・ユペールによる音声解説、ハネケ監督インタビュー、原作のノーベル賞作家エルフリーデ・イェリネクのインタビュー。

こうして再見して、あらためて衝撃的だったのは、ドライブインシアターでうろつく中年ピアノ教師エリカが、若者のカーセックスを覗き見しながら放尿するシーンだ。ヒロインは既に年下の男子生徒から告白を受け、自らも相手に惹かれ始めた矢先、こうした行動が継続されている点に、よほどの性的抑圧を受けてきたことを表わしている。
画面構成はむしろ品を感じさせるほどで、このシーン、エリカの覗き見に気づいた車の中の男性が「おまえ、何なんだよ」と怒鳴りながら追いかけてくるが、カメラはエリカが小走りに逃げる様子しか捉えない。恐らく男性はズボンを直しながら追いかけてくるので、間に合わないのだろう。ショッキングながらも可笑しみが湧いてくる。

ハネケ監督は主演のユペールに惜しみない賞賛を述べている。頭が1センチ動いただけで、どんなふうにカメラに映るか、瞬時に判断できるなど、さすがプロの役者ですね。

疑わしき女たち

映画『ピアニスト』の主演女優イザベル・ユペールに、カトリーヌ・ドヌーヴ、エマニュエル・ベアールなど、8人の女優が競演する2002年フランス映画『8人の女たち』をレンタル鑑賞しました。

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久々に気楽に観られた作品だった。ミュージカル風の密室推理劇といったところ。'50年代のハリウッド黄金期へのオマージュが込められているという。
クリスマスの日、館の主が何者かにナイフで殺害される。疑わしきは館内にいる8人の家族とメイド達。誰もが嘘と秘密を抱えていて、テンポよく展開し意外性もあった。

カトリーヌ・ドヌーヴは肉付きよくなったが、相変わらず綺麗ですね。イザベル・ユペールのヒステリックでコミカルな演技も楽しめた。マミー役のダニエル・ダリューって『ロシュフォールの恋人たち』のイヴォンヌ役の人だったんだ! エマニュエル・ベアールのえろい役どころなど、フランソワ・オゾン監督、なかなかやるね。

ニュータウンの日蝕

アラン・ドロン、モニカ・ヴィッティ主演、 ミケランジェロ・アントニオーニ監督の1962年作 『太陽はひとりぼっち』をレンタル鑑賞。
ハネケ監督作品を全部観ようとして疲れてきたので、代わってハネケ監督がマイ・ベスト10に入れたという、本作を選んだ。

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ああ、やはり僕にはアントニオーニ監督の作風は受け付け難いようだ。自分が20代の頃、『欲望』の回顧上映の際、足を運んだが、不満を抱えたまま小劇場を後にした憶えがある。ネット普及して今般、巷の感想を覗くと、評判が良くて困惑してしまった。

少なくとも『欲望』よりは『太陽はひとりぼっち』は親しめた。あのニュータウンの光景を、おぼろげにも体感できた部分は大きい。かつて住んでたアパートの近隣が工業団地で、整然と区画された町並み、深夜あるいは早朝の点滅信号を渡ると、なんとも無機質な寂寥感に襲われるのだ。

この映像とリアルタイムに過ごすのが苦手だ。画的な印象が強いから、観終わった後、頭の中でスチール写真を並べながら、テーマ構造を考えるほうがまだ愉しい。
編集はどうだろう。アラン・ドロンがモニカ・ヴィッティの生家を訪れ、彼がソファに腰をうずめた直後、彼のオフィスにシーンが転換する箇所などは、いささか雑な気がした。

先日観たハネケの『セブンス・コンチネント』に近いものを感じた。この計り知れない憂鬱は文明がもたらすものではないのかと。本作のモニカが演じるヒロインの、時折見せる童女のような無邪気さは、無自覚な原始への憧れだったか。

夫婦のボッサ

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何ヶ月前だったかコラムニストの小田嶋さんのツイートに【ある種のボサノヴァの、「いっしょうけんめい歌わないことがオシャレだと思ってる」感じがちょっと苦手。】という発言があった。
"ある種の"という部分を読み飛ばしていた僕は、まともに【サンバから派生したものなので、むしろ土臭い音楽だと思いますが、ブームから年数を経ているからでしょうか。】というリプライをした。
するとレスを下さり、【フランス渡りのボサとかは特にアレですよね。 】と。

なるほど、フランスの'60年代なら、ゲーンズブールのアレとか? 数年前観た映画『シングルマン』で、ジュリアン・ムーアが英国から米国に移住したブルジョアの中年女役で、化粧しながらかけていた。
20年以上前にクレモンティーヌのCDを買ったことがあるけど、今はもう手元に無いな。
その後の小田嶋さんと他の方々とのボッサ・ノーヴァについてのやり取りを追ってみると、どうも大好きなロック曲を勝手にリアレンジしたヴァージョンとかに腹が立つといったツイートが散見された。結局シンコペのリズムだけ拝借してるだけなんですよね。

そういう僕は偉そうにリプライしておきながら当時のボッサ・ノーヴァといえばジョアンとジョビンしか持ってないんだけどね。少なくともサンビーニャが出した『ジョアン・ジルベルトが愛したサンバ/V.A.』を聴けば、古いサンバを通してボッサ・ノーヴァへの理解が深まると思う。

それで他のアーティストでもう少し集めてみようと、ランダムに試聴して選んだのがこちら。マルコス・ヴァーリ'68年『サンバ'68』。「サマー・サンバ」ってこの人の作品だったんだ。
ジャケはマルコスのみ写っているが、歌唱は奥様のアナマリアとのデュエットがほとんど。ユニゾンから入って、途中から3度スライドする時、サーッと微風が吹いてくるようです。



タワレコ限定 カーリーのリマスター盤(1)

こんな企画・発売があったなんて気づかなかった。タワレコ限定の特別企画、カーリー・サイモンの初期4作品がSHM-CDで2011年にリイシューされていたのだ!

対象アイテムは、大ヒット曲「うつろな愛」収録の3rdアルバム『ノー・シークレッツ』(1972年)を除く5thアルバムまで。
・カーリー・サイモン(1971年)
・アンティシペイション(同年)
・ホットケーキ(1974年)
・人生はいたずら(1975年)

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いずれもSHM-CD仕様だが、サイトではこのうち2011年リマスター明記されているのは「ホットケーキ」「人生はいたずら」。つまりデビューの2作は変更なし?
今回、手始めに5thアルバム『人生はいたずら』を購入してみました。このアルバム、いい内容なのに初CD化では音が痩せててギスギスして冴えず、残念だった。
本日、タワレコから届いて早速プレイしてみると、うん、良くなってる! ヴォーカルがドーンと前に出て、中低音域が豊かに感じる。買い替え成功。これなら『ホットケーキ』も2枚目お替わりしようかな? 廉価になってるし。

デビュー2作は、もともとナチュラルな音質で、手持ちの初CD化のものでも違和感は特に無かった。なのであとはSHM-CDの付加価値をどうみるか。僕の耳ではSHM-CDって、通常CDよりほんの僅かのプラスαくらいの音質向上しか感じられないので、買い替えするかは悩ましいところ。確かに音の厚みは出てるとは思います。

本作のプロデューサーはリチャード・ペリー。参加アーティストはアンドリュー・ゴールド、クラウス・ボアマン、トレバー・ローレンス、アンディ・ニューマーク、リタ・クーリッジ、クライディ・キング、ロドニー・リッチモンド、ジェイムス・テイラー、ジェイムス・ニュートン・ハワード、ドクター・ジョン、リンゴ・スター、アルビン・ロビンソン、ジェフ・バクスター、ラス・カンケル、ジム・ゴードン、ウィリー・ウィークス、キャロル・キング、エディ・ボンゴ、ビリー・マーニット、ロン・ヴァン・イートン、デレク・ヴァン・イートン、トミー・モルガン、スニーキー・ビート等。

一家の厭世

ミヒャエル・ハネケ監督の1989年テビュー作『セブンス・コンチネント』をレンタル鑑賞。ある一家の心中までの足跡を描く。

7th

"問い返しの監督"だなと思う。特典に監督インタビューが付いていたのは有難い。カンヌ初出品際、鑑賞者の大方の反応が、水槽の魚を死なすシーンよりも、我が子を死なせてしまうシーンよりも、現金を水洗トイレに流してしまうシーンに難色を示したというから、この作品のテーマを現実に示すようで興味深い。

家じゅうの物質を壊し、心中に備えながらも、最後に一台残ったテレビを一家が囲んで見ている様がなんとも皮肉だ。何処に住む誰にでも当て嵌まるかのように、序盤は家族の顔をなかなか映し出さない演出が、匿名性を醸し出していて良かった。

ただ、この日常生活のカットの連続に、観ていて飽きてしまって何度も一時停止した。もちろんその反復の規則性が、後の異様な展開に効果を顕わすのだが。ミステリーの手法を表層的にとりながら、テーマ構造を炙り出した『隠された記憶』は巧みだった。

検索画像より
7th

疚しさの炙り出し

げっ、またこんな終わり方…。どう解釈すればいいんだろう。ハネケ作品は悩ましい。
『ピアニスト』『愛、アムール』『ファニー・ゲーム』『白いリボン』に続き、鑑賞したのは2005年作『隠された記憶』。

ストーリー概要は省略し、以下ラストカットに触れた自分の解釈をメモしてみます。ネタバレになりますが、鑑賞していない人でも支障ないんじゃないかな。鑑賞しても解らないままだから。ネットのレビューも幾つか参考にしましたが、全く同じ解釈を持つ人は見当たりませんでした。

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・これは『ファニー・ゲーム』と『白いリボン』の中間をとった表現方法に近い印象を受けた。
主人公夫婦(ダニエル・オートゥイユとジュリエット・ビノシュが演じる)に盗撮ビデオを送り付けたのは誰か? ハネケ監督でしょう。『ファニー・ゲーム』と同様のメタ手法で、監督がこのフィクションに登場する夫婦を刺激するためなのだ。この動機により、夫の過去、偏見主義が露呈していく。
夫婦は定点カメラの盗撮にも関わらず、カメラ据え置きの場所を特定して没収するシーンが無い。それは、リアルの監督との暗黙の了解があるからである。

・その露呈のプロセスは規定のドラマ演出にのっとったものではないようなのだ。これがクセモノ。テーマ構造に必要なキャストを配し、即物的に動かしているだけのようである。
たとえば序盤、夫婦がビデオテープ脅迫を警察に相談した帰り、自転車に乗った黒人男性とぶつかりそうになり、夫と口論になるシーンは夫の内部の一端を行動性に表わしたヒントであり、伏線にはなっていない。

・夫の偏見主義を行動性の積み重ねから証明したのが、見せ場となるアルジェリア人父子との確執である。夫はビデオテープのいやがらせは、自分が幼少時に嫌った同い年の使用人の子供だったアルジェリア人からの脅迫とみて、彼を見つけ出し追及する。が、先述のとおり、監督による仕業なので、このアルジェリア人父子の言う通り、彼らはやっていないのだ。つまり、この作品には犯罪性が皆無だったのだ。
ゆえに、アルジェリア父子は、夫妻の息子ピエロを誘拐もしていない。

・ラストカットに飛躍してみよう。学校の校門前で知己のように落ち合う夫婦の息子ピエロとアルジェリア人の息子。彼らを見つめる定点カメラの存在により、彼らが結託していない事を同時に証明している(前半、夫が車で迎えにやってきた際は、夫の視点からカメラは可動していた)。けれどもほとんどの観客は、アルジェリア人の息子が、ピエロをそそのかして犯罪に加担させたのでは?という疑念を瞬間に持つことだろう。

・意図的に挿入された紛らわしいエピソードは妻の浮気の可能性だ。彼女が同じ職場の友人に泣きすがるシーンは、あたかもアルジェリア人父子にとって格好のゆすりネタになったかのように見えるが、目撃者はピエロの同級生か、同級生の親たちだった可能性も考えられるはずである。

・夫妻の家族の関係性、特に親子関係については図式的に捉えて観た。息子ピエロが母と父によって態度が異なるのは、"疚(やま)しさ"を対比的に表現したものである。母の浮気による疚しさは安易に疑っても、父の偏見主義は、未だ見抜いていないような素振りである。それは同時に、一貫してアルジェリア人息子とピエロの間には、父の偏見主義に関する情報共有の接点が無いことも証明している。

・夫の勤務するテレビ局に押しかけてきたアルジェリア人の息子の言葉が総て真実である(しかし、職場内に再度踏み込ませるなど、いっけん暴力的に見える演出が巧妙になされている)。
夫は、ここでも異人種への威嚇行動をさらけ出した。アルジェリア人の息子は応酬はしていなかった。

アルジェリア人息子とピエロは互いの因縁を知らないまま、後世代の人種の壁を越えたコミュニケーションを日常的にとっていた。

監督がビデオテープの悪戯をするから、こんな悲劇が起きたのでは? いいえ、監督はきっと「私は、フランス人夫婦にささやかな届け物をしただけだよ」というはず。私の偏見まで炙り出しておきながら。

粛清の習い

えっ、これで終わり…?と茫然自失。2時間20分。ミヒャエル・ハネケ監督作2009年『白いリボン』をレンタル鑑賞。
この映画を観て、なんとなく大江健三郎の小説『芽むしり仔撃ち』を思い出した。その物語内容はまたしても忘却の彼方なのだが…。

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真相が明かされないドキュメンタリー・フィルムを見ているかのようだった。そういえばどのドキュメンタリーにおいても、事実の証明に則したかのように最後には必ずまとめが用意されているものだ。第三者によって後に語られる真実は、常にある手法にのっとって語られるものなのだ。

これは、日常と市井のそこここに潜む人間の負の連鎖をミクロ的に見つめた作品なのだろうか。
歴史と計算が苦手なので、他の方のレビューを拾い読みして、この映画に登場する子供達が、後にナチズムを支持する中心的世代となるという指摘に驚く。但し、劇中においてそれを示唆説明してはいない(監督本人のインタビューでも明言されていないようだ)。第一次世界大戦前夜というシチュエーションが控えめな役者のセリフによって表現されるまでである。

この作品では村の教師がその生き証人としてナレーション役を兼ね、若かりし頃の自らもフィルムに登場する。彼自身は他村の出身で、語り部としては、公平で客観的な立ち位置を取っているように見えるが、穏健な性格でも、当時は嫁をゲットすることばかり考えている利己的な趣味人のようでもある(教職の地位は低く、未練は無かったようだし)。

村の各事件の中で唯一、犯人が明かされているのがキャベツ畑を荒らした成人男子であることからも、村の子供達の視点に重きを置いた映画であることは間違いなさそうだ。
自ら手を染めていながら、何処か傍観者でいる子供ならではの感覚。鑑賞しながら自分にも、その感覚が蘇ってきたようだった。自分の倫理観に無自覚だった頃(果たして大人はどうか?)。この作品に描かれる対立構造は、そういう視線から描かれているのではないか。それがどこまでマクロ化すれば、人々は気づくのだろうと。現象を生み出すきっかけとは?

白短パンのワル

『ピアニスト』『愛、アムール』に続いて、オーストリア映画監督ミヒャエル・ハネケの1997年作品『ファニー・ゲーム』をレンタル鑑賞しました。

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別荘にたどり着いた仲睦まじい親子3人の元へ、卵のお裾分けを頼みに若者が訪れる。当初、礼儀正しかった若者は、次第に不遜な態度を取るようになり、そこへ新たに二人目の男が加わり、家族皆殺しを宣言する。

これ、面白かった。"理由なき暴力"をメタフィクションのような手法により描写。殺人シーンそのものは一切映らないのに、犯人の二人組が家族をネチネチ蹂躙するさまが惨たらしく、生々しい。
時折、主犯格の男が振り向き、カメラ目線で観客に向かって目配せをしたり、「どう思う?」といった問いを向けてくる。これにより緊張していた鑑賞者は、(そうだ、これはフィクションなんだ)と束の間、我に返るが、終盤において、これが逆手に取られてしまう。犯人は再びこちらを向き、「これじゃ劇場用映画の尺に足りないだろ?」と、犯行までの時間稼ぎをするのだ。

演劇のように密度の高い演出だが、舞台で再現不可能な逆回しテープ挿入など、人の神経を逆撫でしつつ、映像を観る者の欲求について問い返されてしまう。派手なギミックも使わず、意表を突かれる1時間40分。監督も役者もすごい。

日曜の夕暮れ、マイ・ファニー・・・

miles

日曜日、ぼんやりとマッサージ器で肩をほぐしながらマイルス・デイヴィスのboxから『クッキン~リラクシン』を流していた。
ふだんは歌ものが好きだから、インストは後回しになりがち。歌ものは歌詞内容にこちらがシチュエーションを合わせながら聴き入っていくパターンだが、インストは歌詞が無い代わりに、逆に自分の現在状態とピタリと合えば、一気に惹きこまれていく。梅雨時の湿った夕風にうなだれていると、生演奏みたく活きた響きが漂い始めた。
「My Funny Valentine」の完璧な滑り出し。好きだった『ワーキン』といい、一気に録音され分売されたというこの時期の演奏は、簡潔でチャーミングな小気味良さ。

▼"Cookin'" Full Album

セカンド・デモ集

ダン・ペンが自身のレーベルから出したデモ集の第2弾を入手。2007年『Junkyard Junky』。

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日常生活そのままのジャケっぽい(奥さんのリンダさん撮影)が、国内盤を購入された方の記事によれば、子供時代から車好きだったエピソードがダン本人によって語られているらしい。ライナーには縁のある人々とのスナップ写真も。
ファースト・デモ集と同様、まとまった期間に録音されたようだ。新作の第3弾は、音源によって年代の幅がある。
アルペジオで歌われるタイトル曲からいい。デモとはいってもバンド、ストリングスがフィーチャーされている。打ち込み曲のリズム隊だけ、どうしても浮き立ってしまうのは仕方ない。

なぜか僕にとってソウルの中で只一人といってもいいほど、スッと入り込めたダン。こうして聴くと歌謡性があるからかな、と思う。どこかで聴いたことあるような展開もあり、ダン節らしくも感じる。ふと、これ寺尾聡が歌ったら合いそうとか思うものがあったり。
ハーレーのバイク音で始まる「Tiny Hinys and Hogs」のような男臭さ(ライナーに実在のバイカー達の強面ショットあり)、「Smoke Filed Room」ってタイトル、なんかいいな。終曲にふさわしい「Forever Changed」でほろりと。

▼本作より以下のブログさんにて5曲試聴可(再び無断リンク。更新終了されたようで残念。)
http://blogs.yahoo.co.jp/deepsoul3001/25273932.html

dan

2度目の鳩

観逃していたミヒャエル・ハネケ監督の2012年作『愛、アムール』をWOWOWにて鑑賞。
老音楽家夫婦が主人公で、半身麻痺となった妻を夫が自宅介護する内容。出演はジャン=ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リヴァ、イザベル・ユペール他。
日本で高齢化問題の啓発に先鞭をつけた小説としては有吉佐和子の『恍惚の人』が名高いのではないかな。内容はすっかり忘れてしまったが、"蟹糞"という単語がやたら記憶に残っている。

Amour

(ネタバレ含む)
ハネケ作品鑑賞は先日の『ピアニスト』に続き2本目。やはりどちらとも解釈できるようなシーンが散見される。シーンとシーンは意味深く繋がっているようだ。

・妻の介護当初、夫が昔話として過去の映画鑑賞の記憶を初めて妻に打ち明けたシーン、これが最も作品を象徴していると感じた。観た映画の内容自体は忘れても感動を他者に打ち明けたいという大切な気持ち、それは即物的にみれば、記憶の変容に過ぎないものであっても、同時に経験から得た情緒的な側面も合わせ持つ。また、このシーンで妻が夫に対するイメージについて初めて口にする素振りも印象的。

・夫が知人の葬儀から帰宅した際、妻が中庭に面した窓辺の下で車椅子からずり落ちたように座り込んでいる。夫が妻を車椅子に戻し、居間に移すと、彼女は今日の葬儀がどうだったか訊きたがる。こうしてシーンの前後と会話から、妻が投身自殺を図ろうとしたことを観客に静かに(意地悪に?)悟らせる。

・介護人の女を解雇する際の、夫の言い分が正しいかどうかが公平に描かれていないが、女の妻への髪の梳き方の強引さ、無理やり手鏡に映そうとする行為など、夫は見抜いていたのではないか?

・一人娘は母を憐れに思い涙ぐもうとも、実質、介護の何の役にも立たない。しかし、嫁いで子供も持つ身であり、彼女を一概に責められないのである。夫婦の問題として、夫は妻の姿を誰にも見せまいと部屋に鍵をかけてしまうほどで、娘に依存する考えは毛頭無かったのだ。

・鳩が舞い込んでくるシーンが二度あり、一度目は不意の闖入を夫がごく普通に追い払う様子だったのが、妻を看取った後、二度目のシーンでは、覚束ない足取りで追い回して膝掛けで捕獲する。
その鳩がどうなったかは、夫がメモを遺すシーンで、すぐに逃がしてやったという記述から、嘘がみてとれる。ここは妻と鳩を重ねて観ていいだろう。水と鳩の描写からノアの方舟からの暗喩との解釈もあるらしい。

Never Lose Hope

情報コメントを寄せていただきまして、リヴィングストン・テイラーの新作『ブルー・スカイ』の輸入US盤発売日が7月31日予定となっています。HMV、タワレコのオンラインで確認済みです。

リヴについて何となく検索していると、2009年の前作『Last Alaska Moon』(日本盤未発売)の収録曲のうち、(7)「Never Lose Hope」は、その数年前に日本人アーティストに提供した書下ろし楽曲であると知りました。

アクセスのタイミングによって接続不可の場合あり
http://music.163.com/#/song?id=22656667

リヴ自身のライヴ CDと違う崩した歌い方で笑いを誘っています

『ブルー・スカイ』カヴァー曲のオリジナル

リヴの期待の新作『ブルー・スカイ』の国内紹介記事を読んでみると、けっこうカヴァー曲が入ってるんですね。てっきりボーナス・トラック「I Have Dreamed」だけかと思ってました。リヴのカヴァー・センスには定評があるようです。
以下は、その紹介文にのっとって、リヴがカヴァーした楽曲のオリジナルを動画サイトで辿ってみました。
リヴ自身の音源の試聴は公式サイトでどうぞ。http://livtaylor.com/

()内はリヴの収録トラック・ナンバー。

(2)Pick Yourself Up
1936年にジェローム・カーンとドロシー・フィールズが映画「スウィング・タイム」用に作曲したポピュラー・ソングの名曲とのこと。僕は未だにアステアの映画を一本も観ていないのです。以下の動画で初めて聴きましたが、リヴと全く違う解釈で驚きました。リヴのほうはパリでも散策するようなお洒落な仕上がり。



(4)On And On
スティーヴン・ビショップが1977年にリリースしたファースト・アルバム「ケアレス」に収録されていた「オン・アンド・オン」はシングル・カットされて全米11位まで上り詰めたヒット曲とのこと。リヴのバージョンを一部試聴したところ、こうしたAOR感覚はお手の物といった雰囲気です。



(6)Sweet Blindness
ローラ・ニーロが1968年にヴァーヴ・フォークウェイズからコロンビアに移籍してリリースしたセカンド・アルバム「イーライと13番目の懺悔」に収録されていた「スウィート・ブラインドネス」はフィフス・ディメンションがカバーしてヒットしたことで知られている、とのことですが、両者ともにヴァース部分とそれ以外の緩急を付けてる曲想は、ほぼ同じ。リヴのほうはインテンポでほのぼのしています。





(9)Paperback Writer
ビートルズの楽曲。リヴ版はハンド・クラッピング、ホーン・セクション、バック・コーラス隊をフィーチャーして和気あいあいと楽しくレコーディングしたようなご機嫌な内容となっているそうです。



(12)I Have Dreamed
米国のミュージカル界の有名なソングライター・チーム、ロジャース&ハマースタインによる名作。以下は『王様と私』より。

『ブルー・スカイ』国内発売予定

CD販売はいつ?とヤキモキしていたリヴィングストン・テイラーの新作『ブルー・スカイ』の直輸入盤帯ライナー付国内仕様盤の発売予定日が8月13日に決定したようです。

国内レーベルはなんとOVERALL MUSIC。ダン・ペンの新作を扱っているところ! 洋楽国内盤が廃れていく中、ダン・ペンに引き続きピック・アップしたのがリヴとは、嬉しい偶然。ディスク・ユニオンが運営するレーベルらしい。

以下はOVERALL MUSICさんのブログからリヴ新作紹介。そもそもこのレーベル名からして、ダンが由来?
http://blog.diskunion.net/user/uncledog/tapestry/category_581.html

緩徐なロマンティシズム

錦織選手、ベスト16進出も昨日はカナダのラオニッチとの対戦で惜しくもベスト8進出ならず。ビッグ・サーバー対策が今後の課題か。
リーチのある外国人選手達の中で、あそこまでランキングを上げられる日本人選手は彼だけなので応援しているが、以前から試合中、気になる挙動が一つだけ。劣勢になった時、ラケットをクルクル回しながら放り投げる癖、止めてほしいな。警告取られはしないし、すぐに切り替えて反撃しているので、試合内容そのものに影響は無いようだが。エースを取られた時のお手上げといったリアクションなど、ジュニア時代から海外生活してアメリカナイズされたから?

jarvi

パーヴォ・ヤルヴィのシューマン・プロジェクトの一環で発売された全3集のSACDの、最後の一枚を揃えました。

【収録情報】
シューマン:
1. 交響曲第4番ニ短調 op.120
2. 序曲、スケルツォとフィナーレ op.52
3. 4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュトゥック ヘ長調 op.86
ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン
パーヴォ・ヤルヴィ(指揮)

昔から4番が好きだったけど、誰の指揮によるLPだったか、すっかり忘れてしまった。数年前、クレンペラー指揮の復刻SACDを聴いて、現代指揮の録音でも聴いてみたくなったわけで、ヤルヴィさんの演奏については今回初めて知ることとなった。

今まで聴いたことのある4番は、インテンポで楽想のメリハリをつけたクラシカルなイメージだったが、こちらはフレーズがリズムが求めるまま緩急を表現したかのようで、全体的には緩徐なスケール感。もともと楽曲そのものがドラマティックな推進力を持つもので、これくらい抑制しても聴きごたえが十分ある。

これが一番好きな4番かと問われれば、まだなんともいえない。曲想の掴みから入るには、他の指揮者録音のほうが良いかもしれない。

4番の演奏は25分37秒以降(メイキングにつきMCあり)

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プロフィール

 シャケ/YASUHISA

Author: シャケ/YASUHISA
男性 昭和40年代生まれ

愛猫カオ(ロシアンブルー)と同居
常にマイブームがないと生きていけない

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