初めての街で

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♪やっぱりィ俺は~キクマサ○ネ~、の元歌と「コーヒー・ルンバ」が聴きたくて、『西田佐知子ベスト・セレクション』を中古購入。
キクマサ○ネの元歌は「初めての街で」っていうタイトルなのご存知でした? ニュー・バージョンが一曲目に入ってますが、僕はラスト収録のオリジナル・モノ・バージョンが懐かしっぽくて好き。

まだ何度も繰り返し聴けてないけど、全体的に思ったのは、必ずしも当時の日本の歌謡曲が、音楽的に好きじゃない、ってこと。
これはフランク永井さんのベストCD聴いても思った事で、洋楽のカヴァーが圧倒的に歌唱表現の枠が広い。
言ってみれば、日本の歌謡曲は歌詞の定型にメロディーが収まってしまって、どこか予定調和的なんです。コード進行も破たんがない。
自分がエキゾ趣味だからかな?

西田佐知子さんの個性的な歌い口は、日吉ミミ調に歌う中島みゆきさんに近いものも感じる。盛り場の女が男を立ててくれる優しさ、というか(笑)。
→西田佐知子「初めての街で」

緊迫感、終末感、安息感

なぜか今日は連鎖反応起こしたみたいにツイッターのフォローが続々と。どこでどう繋がっているのやら。

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ベルリオーズの作品は『幻想交響曲』が有名ですが、あまり自分は好きじゃないです。今回クリュイタンスとの再会によって、他にこんなきれいな曲があると初めて知りました。オラトリオ『キリストの幼時(宗教的三部作)』。
いわゆるキリストの受難がテーマらしい。キリストをおそれたヘロデ王が2歳以下の幼児を全て虐殺しようと企てる。その手から逃れるため聖家族がエジプトに向かう。…

声楽にはさほど興味がないですが、オペラほどの芝居気はなく、バロック音楽の様式を借りつつ、編成を抑えたオーケストラで、簡潔さがかえってよりスケール感を醸し出す美しい展開に惹き込まれました。
これはちょっと訳本が見たいなぁ。珍しくそう思わせてくれた圧巻の約90分でした。
このクリュイタンス指揮の盤は'60年代録音とは思えぬほどクリアーに響きます。

→アマゾン一部試聴

フォーレのレクイエム

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さて、なんと600円台で新品購入できたクリュイタンス指揮、フォーレの『レクイエム』。ジャケットはオリジナルと違いますが、リイシューを繰り返し、この最新輸入盤ではドビュッシーの『映像』とカップリング。

3大レクイエムといえば、モーツァルト、ヴェルディ、そしてフォーレですが、いずれも昔々、合唱で参加した記憶がありますが、曲をすっかり忘れてる。
かつては、ヴェルディのレクイエムが一番好きでした。あの合唱は熱くなれた。

そしてこのクリュイタンス版ですが、フォーレのレクイエムって、ややこじんまりした印象を持っていたのですが、過剰ではないドラマティックな演奏になっています。
ソリストは、バリトンがフィッシャー・ディースカウ! 懐かしい~。LPでシューベルトの『冬の旅』持ってた。ちゃんと聴いてなかったけど(笑)。

録音からすでに半世紀を経て、以降、良盤が続々出ているようで、本作は合唱団の音程についての指摘を通販レビューで見かけた。ぼくには分からなかったけど(笑)。
別の指揮者では、ソリストがボーイ・ソプラノの盤もあるそうで、そりゃそっちのほうが分が良いだろ、という気もするが、余力があれば聴いてみたい。

この時点では、敬虔な気持ちを求めるよりも、クリュイタンス指揮で楽想を掴みたいので、音楽的なメリハリは十分楽しめる。俗っぽいのではなく土臭い温かさがある。アンドレ・クリュイタンス先生のジャケ、なんとも上品な紳士であります。

~ご参考
Gabriel Fauré Requiem Op.48よりPie Jesu

やっぱり全然違う

クラシックCDは、歴史的名盤などは何度もリイシューを重ねる度、価格が下がっているようで、今から定番商品を購入しようとする自分には有難い状況だ。モノによっては新品でも600円台で買える。しかも収録時間も70分キツキツだったり。
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クラシック音楽へのとっかかりは、他の音楽と同じ、相性の良い音楽に出会えるかどうか、つまり縁ですよね。
先日、ラヴェルの管弦楽曲をシャルル・デュトワ指揮で聴くと自分の好みじゃなかった件、書きました。
今回もう1枚、最も好きなアンドレ・クリュイタンス以外の指揮で、『クープランの墓』の聴き比べをしてみようと、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮のラヴェル管弦楽曲集を買い求めました。

作曲者×演奏者×指揮者の役割分担について、かねてから、実際演奏もしない指揮者次第で、そんなに表現が違うものかと素人疑問をうすうす抱えていたのですが、やっぱり全然違いました。
まぁ、ぼくの場合、最初に聴いた盤の印象に引き摺られがちなので、ただでさえ後者は分が悪くなりがちですが、
カラヤンのほうには、クリュイタンス版のキラキラした官能性があまり感じ取れませんでした。

カラヤン版のオケは、『ボレロ』のみベルリン・フィルハーモニーですが、その他の『クープランの墓』等は、クリュイタンス没後、パリ音楽院管弦楽団が再編されたパリ管弦楽団。同じパリのオケならクリュイタンスと同じ香りがするかと思えば、これまた違っていた。

うまくいえないですが、なんか演奏が縦割りなんですよ。拍はバッチリ合って、乱れがない代わりに、クリュイタンスのような「揺らぎ」がない。クリュイタンスのほうが、ところどころアバウトな演奏なのに匂い立つように魅力的。
強弱の付け方も、『道化師の朝の歌』などカラヤンは反復するようにメリハリをつけるが、クリュイタンスは要所だけキメる感じ。ゆえに聴き疲れしない。

特に管楽器がパリ音楽院楽団は特徴的で、クリュイタンスがその個性を活かしたようです。カラヤン版は全体的にまろやかで標準的に聴こえます。
クリュイタンスならクラシックを聴ける。そう再確認できました。

画像は左:クリュイタンス/ボレロ、ラヴェル管弦楽曲集(第1集)→アマゾン部分試聴
右:カラヤン/ラヴェル管弦楽曲集

精緻でダイナミック

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指揮者アンドレ・クリュイタンスについての書籍は、どうも出ていないのかネット・ショップではヒットせず。前後のフルトヴェングラーやカラヤンなら、幾らでもありそう。
実家では兄弟の影響もあって、オーケストラといえばカラヤンのLPがほとんど。でも個人的にピアノを習っていた事があって、ピアノ独奏を主に聴いてきました。

学生時代にラヴェルの管弦楽曲に出会ったのは、やはり自分で弾くピアノ曲の選曲の一環だったろうと思います。ピアノ曲の管弦編曲を聴いた時の驚きと感動を、ずっとどこかで引き摺っていました。
『クープランの墓』に引き続き入手したのは、アンドレ・クリュイタンス指揮+パリ音楽院管弦楽団による『マ・メール・ロワ』、『高貴で感傷的な円舞曲』。両者ともに元々ピアノ作品で、前者は連弾用です。

クリュイタンスの資料をネット上で探していると、こちら(無断リンク失礼)のインタビューで、自身の最高の録音が『マ・メール・ロワ』なのだそうです。
子供用に書かれた、いかにも妖精が飛び出してきそうなファンタジックなサウンド。アジアン・テイストが出ている第5場「パゴダ女王レドロネット」は、東洋の国の王女様を描いているそうです。

ベルギー出身のクリュイタンスの指揮する音楽に心酔する訳として、普段、ポピュラーに求める"軽やかさ"があるからかな、と思います。ドイツのオケの重厚感と違う、フランス独特の洒脱で精緻な艶。しかもダイナミック。
残念ながらパリ音楽院管弦楽団は、クリュイタンスの死後、ほどなくして解散してしまって、この気品と香気は以降途絶えたままだというコメントを幾つも見かけました。

→アマゾン一部試聴

音楽別ジャンル

むかし好きだったLPを、CDで買い直した事がきっかけで、クラシック興味が再燃してきた。
再燃といっても、当時はそんなに熱心に聴くほどでもなかった。一口にクラシックといっても音楽性の幅は広い。
それに、指揮者・演奏者によって同じ曲でも楽想が全く違うので、「聴き比べ」からハマっていくファンも多いんじゃないでしょうか。

ベートーヴェンばかりだと、和声技法が長調or短調の展開中心となっているので、近代のラヴェル、ドビュッシーになってくると幅が広がって面白い。特にラヴェルはバスク出身とあって、フランス音楽にスペイン要素など、多彩な混合音楽の様相が、かねてからの自身の民族音楽への関心とシンクしたかのよう。本当にきれいな編曲で魔術のようです。

クラシックを聴くなら、せいぜいこの近代までかな。現代音楽は食わず嫌いで腰が引けてしまう。
音楽は様々なジャンルに区別されるが、自分の場合、平均律(ドレミファソラシド)の概念か、それ以外のどちらかに大別して捉えている。
子供の頃は、それなりにこだわりがあって、「なぜ、ドレミファソラシドしか音が無いのか」「ミとファやシとドの間に音があってもいいじゃないか」と、それらの中間にある音を意識して歌ってみた事があるが、それは客観的にみて「ただの音痴」にしか聴こえなかった。

自分には純邦楽の音階概念は無いように思う。いままで西洋音楽中心に馴染んできたから。小中高の音楽の授業もそうだと思う。音楽の教科書の選曲は嫌いじゃなかった。
自分でやる音楽はどれか一つしか選べないけれど、聴くだけの音楽は幾らでも裾野を広げられる。聴くだけのほうが幸せかも(笑)。

苦手な音楽はあまり挙げることがないが、たとえば和太鼓集団みたいなのって、実は不得手なんです。
なんかパフォーマンスっぽくて、迫力演出が先行してるようで、音楽的に楽しめない気がする。シチュエイションにも左右されるかも。祭の中で和太鼓を聴くのは平気なんですけど。
あれは、体を鍛えてないと舞台に立てないのかな。ガリガリの痩身でふんどし一丁じゃ、音も冴えない?

真夏の夜のラヴェル

クリュイタンス指揮によるラヴェルの管弦楽曲『クープランの墓』に再会し、以来アタマの中でメロディがぐるぐる回りっ放し。
もともとピアノ独奏として創られたこの作品、ピアニストのCDを探し始めました。
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近代音楽の名ピアニストって誰なのか知らず、最初にケフェレックという女流ピアニストのラヴェル集を買って聴いてみました。音の粒がよく揃って、とても透明感があるのですが、なぜか自分の感覚に合わず。特に残響が多いのが気になり。

そして再トライしたのが、20世紀音楽を得意としたというモニク・アース(1909-1987)。ラヴェルと同じフランスの、女流ピアニストです(画像CD)。

オケ・バージョンとの聴き比べが楽しみの一つですが、自分の場合、ピアノ独奏はピアニスト独自の間合いに興味があります。
『クープランの墓』は「メヌエット」の美しさが大好きです。ラヴェルの古典・ロマン派の和声概念にない新たな響きは、寝苦しい真夏の夜を癒してくれる?

→モニク・アース『クープランの墓』より「メヌエット

ケンプのベートーヴェン・ピアノ・ソナタ

ヴィルヘルム・ケンプ(1895-1991)のベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全集は憧れでした。高校時代は高価なLP全集で手が届かなかった。
それがしばらくクラシックを聴かぬうちに、なんと3000円台の廉価に。即即入手↓
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アマゾンにて購入。ちなみに某大型輸入盤店では、ほぼ倍の値段だったよ。
CDとしては2度目のリイシューかな? 先に出たボックスよりジャケット・デザインは良いんじゃないでしょうか。

抜粋ではLPで聴いていたのです。クラシック・ピアノを弾かなくなっても、ケンプのレコードだけは実家から引っこ抜いて来た↓
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おそらくですが、今でもいろんなピアニストのベートーヴェン・ソナタを聴いても、最後に戻ってくるのがケンプの演奏と言われる方が多いのではないでしょうか。
当初のモノラル録音版は、未だ聴いた事はありません。今回全集は'65年ステレオ版。全曲憶えられるほど聴いたら、そちらも入手したいものです。

とても肩の力の抜けた弾き方で、後年のシューベルト、シューマンの演奏も愛着があります。
3大ソナタ中、8番『悲愴』が最も分かりやすいんじゃないでしょうか。ぼくは15番の通称『田園』(交響曲の『田園』とは異曲)が好きでした。シンプルですが難易度高し。

→『悲愴』2楽章、ビリー・ジョエルが『イノセント・マン』でカヴァーしてました。

→『悲愴』3楽章は、スラブ風の感覚がします。

動くケンプは拝めなかったので、ネットの動画は正直、有難いですね。
↓27番2楽章、幸福感のある主題は、シューベルトに継がれるものを感じます。

流麗、繊細、クリュイタンスのラヴェル

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学生時代に図書館で何度も借り直して聴き入ったラヴェル(ジョゼフ=モーリス・ラヴェル, 1875-1937)の管弦楽曲集。当時はLPでした。
また聴き直したくなり、ようやっとCD購入。

しばらく忘れていたのです、ずっと欲しかった事。でも指揮者の名前を失念して、いちど過去に店頭で一か八かで買ったシャルル・デュトワ指揮のものが、テンポも響きもまるで異なる、イメージとは全然違ったもので。
自分が好んで聴いていたラヴェルは、誰の指揮だったのだろう?と。
以降ネットが普及して、アマゾンで検索してすぐ判った。管弦楽曲はデュトワかクリュイタンスの指揮が有名らしい。そう、長年憧れていたのはアンドレ・クリュイタンス(1905-1967)の録音だったのです。

試聴して確信。泉がサラサラ湧き出るような芳しい旋律は、「クープランの墓」のプレリュード。ピアノ作品をラヴェル自ら管弦用に編曲。
特にこの組曲「クープランの墓」は全曲好きで、メロディも構成も分りやすくエキゾチックな味わいがします。

※ご参考≪クープランの墓「前奏曲」「フォルラーヌ」≫
 ※ご参考≪クープランの墓「メヌエット」「リゴードン」≫

再見してまた涙した 5本の映画&TVドラマ

感動作は、もう一度観返すと極端に冷めてしまっていたりする事がありますが、
以下は、再見してもアホみたいにまた泣いてしまった作品。思い立った5本を挙げます。

①波の盆(TV作品)
監督=実相寺昭雄、脚本=倉本聰
主演=笠智衆、加藤治子、中井貴一、石田えり
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勘当したきりだった長男の、娘(つまり孫)が初めて会いに来た事件をきっかけに、ハワイ日系一世のモノローグが静かに始まる。遠い海の向こうの日本を夢見ながら、此岸と彼岸に揺れる移民家族の絆、夫婦愛を描く。
笠さんは味わい深く、加藤さんはマドンナのような素晴らしい演技。

②ニュー・シネマ・パラダイス
監督=ジュゼッペ・トルナトーレ
主演=フィリップ・ノワレ、サルヴァトーレ・カシオ

どうも父子ものに弱いらしく、ここでは実の父子ではないが、育ての親ともいえる映画技師との絆が描かれる。
完全版で感動したが、通常版とはまるで質が違うのでご注意。恋人役のその後が物語を左右します。

③オーロラの彼方へ
監督=グレゴリー・ホブリット
主演=デニス・クエイド、ジム・カヴィーゼル

幼少時に亡くした父と、アマチュア無線を機に交信が始まる。いわゆるタイム・スリップもので、現実逃避的だが、スリラーもあって主人公と父を再会させたいとハラハラする。この作品でデニス・クエイドのファンになったが、誰かが「関根勤に似ている」と言ったのを聞き、少しさめた。カーリー・サイモンが歌う「私を野球に連れてって」が挿入されます。

④ギルバート・グレイプ;WHAT'S EATING GILBERT GRAPE
監督=ラッセ・ハルストレム
主演=ジョニー・デップ、ジュリエット・ルイス

これは助演のレオナルド・ディカプリオの出世作。スウェーデン人のラッセ監督は子供を描くのがうまい。いま再見すると感動出来るか分からないけど、当時ミニ・シアターに4回観に行った。

⑤司祭
監督=アントニオ・バード
主演=ライナス・ローチ、トム・ウィルキンソン

娘への性的虐待を明かした父親信者の懺悔によって苦悩する神父。教会ボランティアにやって来る娘の母親に帰宅を促すが、その理由が言えない。
自身のセックス・スキャンダルを経た後の、神父と少女のラスト・シーンが忘れられない。

お宝?珍品?(12)

近々連載終了する≪ボク的100選≫の一環で押入れのVHSテープをあらためていたら、こんなの出てきました。
さすがに、これを持ってる人は少ないんじゃないかな~? ハリス・アレクシーウの旧ミノスのビデオ。 

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残念ながら手持ちのデッキが故障のため、内容再確認できませんが、恐らく'81年作『TA TRAGOUDIA TIS HTHESINIS MERAS』で共演したディミートラ・ガラーニとのクリップ集と、それぞれのソロ演唱を収めたものだったと思います。
ハリスの「カモマトゥ」を知ったのは、このビデオが最初でした。このころのハリスって、目にクマが出来たような単色が目立つ化粧で、場末の歌謡ショーっぽい映像。当時は、ちょっと古臭さを感じて一、二度観たっきりだったのですが、故障となるとなおさら観直したくなります。

あ~あ、デッキ買い直したいが、今更なぁ~。再生のみだと安いのあるかなぁ?

「ザ・プラクティス」、国内盤DVD化!

待望のDVD化。一体何年越しだよ~。FOXあてに強くリクエストしたのはいつだったか。(過去記事はコチラ。)
リクエスト数は多くなくても、要望内容は皆、熱心なものだったに違いない。忘れられないドラマ。
今でも海外ドラマのマイ・ベストは、このアメリカの法廷ドラマ「ザ・プラクティス」といってもいい。

本国US盤は2007年に発売され、てっきりその勢いで日本盤も制作されると思っていたのだ。過去に日本語吹替えで放送しているから。なのにリリース情報は全く聞こえず。さらに3年経って漕ぎ着けたのは、日本の裁判員制度スタートがきっかけなのか。

感慨深く、懐かしすぎて、物語の説明ができない(笑)。なんといっても脚本の面白さだろうか。弁護側と検察側の丁々発止の攻守にいつしか画面に釘付けになってしまう。基本的に1話につき2件の訴訟ケースが、若き弁護士達の私生活もろもろのエピソードを交えながら同時進行する。プロデューサーは『アリー my Love』を手掛けたデイビッド・E・ケリー。彼自身、弁護士だったとか。

日本の裁判員制度が始まるずっと前から、制度の違いや法律用語に若干戸惑いつつも、虜になったほどなので、10年以上も前の古い地味なドラマと思わずに、是非観ていただきたいものです。

「ザ・プラクティス」
日本公式サイトはコチラ

レンタルはすでに始まっているようです。全シーズン出してくれますように。

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 シャケ/YASUHISA

Author: シャケ/YASUHISA
男性 昭和40年代生まれ

愛猫カオ(ロシアンブルー)と同居
常にマイブームがないと生きていけない

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