ソング・フォー・アイルランド 1st.

このCD、あんまり聴いてなかったな。
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デ・ダナン『Song for Ireland』。ここでの歌姫はメアリー・ブラック。裏ジャケには'90年作となっているが、リイシュー年だと思う。この頃にはメアリーは既にソロ活動をしていたから。

このアルバムにあまり馴染みがないのは、ここでのメアリーが歌うソングは全て、後にソロ名義で編集された『コレクティッド』に収録されているから。あらためて購入したのは、「ソング・フォー・アイルランド」の1曲のみ、ヴァージョン違いだったから。
こちらのヴァージョンが初出。フィドルの都合に合わせてキーを上げているらしい。後年、この曲だけ歌い直したのは、そうした経緯があったからか。
まだソロ・シンガーの自意識が強く出ていない感じが無垢で、瑞々しい。デ・ダナンの伴奏によって、トラッド風に聴けるのも、このヴァージョンならではの魅力だ。

ついソングばかり聴いてしまう僕だが、デ・ダナンの演奏も名演に違いなく、メンバーは、かの名盤『ボールルーム』と同じ。ラストのみ、モーラ・オコンネルも絡んでユーモラスなリールで終わる。
本作以外から。
Song For Ireland - Mary Black

続・ミゲリート

数日後、東京に向かうが、オマーラのライヴの翌日~夕方の復便までの間、CDを探しに渋谷に立ち寄る以外に、目的が見つからない。
新宿にトンカツ茶漬けなるものがあるそうで、試したい気もしているが。行列の出来るドーナツ屋にも行ってみたい。
まぁ、旅の経験上、一日ひとつ目的を果たせたら充分、2つならなおラッキー、くらいに気楽に構えている。欲張ってスケジュールに囚われると疲れるし、面白くなくなる。

オーディブックの『ベスト・オヴ・ミゲリート・バルデース』の中に、1曲渋いメキシコのカンシォーン・ランチェーラが入っていて、ちょっとこの線のCDが旅先で見つかれば、と思う。
むかし、リンダ・ロンシュタットがマリアッチ伴奏で歌ってたのを聴いたことがあるが、それ以来、縁がなかったのだ。
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LPで3枚目に入手したミゲリートのアルバム。『REUNION』。このアルバム、イケました。
オーディブックには、この曲からも選曲されていたので、解説を照合してみると、'60年代初めの作品で、久々のマチート楽団との共演ということらしい。
先に聴いた『Cuban Nights』よりも、さらにバンドの音が完成され円熟の境地。ジャズ・スタンダードの「Black Coffee」も収録。ここから「アフリカネス」「インディアンボ」と、アフロ調の2曲がオーディブックに選曲されている。

ミゲリートは発声が基本的に出来てる人なので、何を歌っても向かうところ敵なし、という感じだ。ただ巧いだけでなく、タフなアフロを聴かせれば、ボレロでしっとりデリカシーを表す。ラテンの魅力をあますところなく伝える素敵な歌手。
他にも集めたので、まだ続編あるぞ。

解散後に知った

ベスト盤でしか持っていなかった、カアウ・クレーター・ボーイズのオリジナル盤を中古で購入。国内盤'98年作。
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カアウ・クレーター・ボーイズを知ったのは、パール・ハーバーからの帰り、郊外の大型CDショップに立ち寄り幾つか試聴して、このデュオが一番良いとUS盤ベストを購入した。その後も気に入って、異なる選曲の日本盤ベストも購入。

すでにこのデュオは解散していて、ディスコグラフィも知らないままだが、この『メイキング・ウェイブス』は音質から判断するに、後期作品だと思う。
二人の名は、アーニー・クルーズ・ジュニア(ギター)とトロイ・フェルナンデス(ウクレレ)。ハワイにおける評価は高く、幾つか賞も受賞している。

ジャケは、いかにもっぽいけど、軽いノリに素朴さがあって、'ポヤ~ン'とハワイ独特の温かさが伝わる。同じファルセットでも、ハワイのファルセットはどこか醸し出すものが違う。その秘密を解くためには、ライス発の『ハワイアン・ファルセット・ヴォイセス』をやはり買うべきか。

コニーは今

乾布摩擦を始めたと以前の記事に書いたが、どうも体が痒くなるのでやめた。
扇風機はそろそろ要らないかな、と思いつつ、点けたり消したりしている。ちなみに扇風機に向かって歌を歌うと、郷ひろみの声っぽくなる。
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クリスタル・ヴォイスでトラッドを歌うコニー・ドーヴァーさんの新作は、いつ出るんでしょうか。
公式ページに、新作発表近し、のトピックが立ったまま一年が経ちそう。時折アクセスして確かめるのだが更新なし。日本国内で彼女の新作を心待ちにしている人って、どれくらいいるだろう。

お気に入りだったフィル・カニンガムのブロデュースによるセカンド『the wishing well』から。アコーディオンの入り方が清涼感あって好き。
In Aimsir Bhaint an Fhéir - Connie Dover

歌い手の気持ち~オマーラの新作

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まさかオマーラ・ポルトゥオンドの新作が来日直前に発売されるとは。発売されてから偶然知り、即入手。
今度の公演は小編成だそうなので、このアルバムからの選曲もありえそうだ。

新作『グラシアス』は、フィーリンの曲を中心に歌われていて、かつてのアルバム『パラブラス』と印象が少々重なった。さらに最近のマリア・ベターニアとの共演作を経て、ブラジリアン・テイストが加わり風通しのいいサウンド。

驚いたのが、力のこもったピプラートが所々聴かれた点。CDでここまでオマーラの生々しいビブラートを聴いたことが無い。
ふと思ったのだが、オマーラのファンは、彼女にどういった歌唱スタイルを求めているのだろう。
僕などは、『愛の花』のような抑制のきいたメロウなヴォーカリゼイションが好きだが。最初に出会ったアルバムによって、オマーラへの印象は多少異なるかもしれない。

年始に購入したライヴDVDでは、「ベサメ・ムーチョ」の歌い上げが圧巻だった。アンコールで、どこにそんなパワーが残っていたのかと思うほど。画面には感激して思わず立ち上がる聴衆の姿が映っていた。
新作は、等身大の彼女の表現力が堪能できる。いつまでも若々しいのは、歌わずにいられない情動に正直な人だからじゃないかな。
本作以外から。
Para Cantarle A Mi Amor - Omara Portuondo E Maria Bethânia

遥かなるビギン

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カリの『ラシーヌ Vol.4』は、サックスとクラリネットがフィーチャーされているせいか、これを久々に思い出しました。
アレクサンドル・ステリオというクラリネット奏者で、1920~30年代の録音のようです。添付の解説はフランス語なので詳細知らず。

このCDは、ラシーヌVol.1が話題になって、当時MMで取り上げられていたんじゃないかな。それがきっかけで購入したと思う。随分前ですね。
カリがレパートリーにしている曲も幾つか聴かれる。音源が古いので、時々ヨレたり音飛びするが、イキイキしたダンス音楽が何故か懐かしく、自分もそこへ行って一緒に踊りたくなるのだ。(踊り方は分からないが。

Vol.4も、イイネ!

記事タイトル、剣さん風にしてみましたが、クレージーケンバンドの新作、まだ聴いていないんです。
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この間、梅田で購入したカリの『ラシーヌ Vol.4』、良かったぁ。
これで手元に全5作が揃ったのだが、本当にどれもクオリティが高い。

ラシーヌ・シリーズは、順を追って聴いた訳ではなく、エピックから発売された第一作をリアルタイムに買ったのち、Vol.2も引き続き買ったのだが、レゲエ色がやや打ち出されたのが当時は趣味に合わなかったのか、中古に出してしまい、その後すっかり忘れていた。

去年、あるブログさんのVol.5の記事を拝見したのが、カリとの久々の再会のきっかけになった。新作はサウンドの臨場感も増して、1と2でちょっと気になっていたシンセの音は多用されず、アコースティックを前面に出した感があって、一聴して気に入った。
何よりカリのイキイキした演奏は全く変わらず。懐かしさもあって嬉しくなった。

その後、この一年間で、Vol.2を中古で買い戻し→Vol.3購入。
Vol.4は、ジャケが最も地味めで、中身もなんとなくそんな想像を勝手にしていたが、これもまた素晴らしく楽しい。キュートなリズムに台風の予感も吹っ飛びそうだ。
こりゃ、ライヴ盤にも手が出そうだな。

肩甲骨

先日、TVに金メダルを取った水泳選手のコーチが出演していて、選手指導に関する話を聞いたのだが、アスリートのメンタルケアって重要なんだね。
肉体をあれだけ酷使した上に、勝負のプレッシャーに負けない精神を保つのは、大変そうだ。

運動って、意識の置き所、置き方によって、大きくフォームやタイムが違ってきそうだ。
スポーツには基本的に縁がないのだが、数年前から、なんとなくスポーツジムに通い始め、筋トレなどやっている。
当初はなんにも考えずに、マシンを使ってただ反復運動をやっていたのだが、時間をかけた割には、いまいち筋力アップに繋がらず、より効果的な方法を知りたくて、個人トレーナーについてみた。

教えてもらってからは、以前に比べて筋力が付くようになった。単にセット回数の増加など、メニュー内容強化の効果もあるが、各部位をどう意識しながら動かすのかによって、付き方が全然違う。
初めの頃は、見てくれなど気にして胸筋ばっかり鍛えようと(笑)してたけど、運動ってバック(背中)が大事なのだと解ってきた。特に肩甲骨。

肩凝りも肩甲骨からくるように、体幹運動の源は肩甲骨から。人間の目は、前についているから、つい前のめりになりがちだけど、後ろ側の支えがあってこそなのだ。
これが解るまでは、部位毎にいちいち試行錯誤していたが、基本は皆同じだったのだ。
自転車競技の選手によると、足の運動も肩甲骨から来ているらしい。下半身の運動に肩甲骨がどう繋がるのかは、まだピンと来ないが、フォームのポイントは、やはり肩甲骨なのだろう。

今日は音楽と関係ない話でした。
JTのライヴ・アルバムから1曲。
Another Day - James Taylor

ミゲリートの亡霊

お盆のあいだ、まるで取り憑かれたように、ミゲリート・バルデースのアルバムを探しまくった。
お盆前に届いたLPがあまりにも良かったからだと思う。その後の成果の一部をご紹介。
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まずは日本橋の中古専門店「DISC J.J.」でLPを発見。意外と見つかるもんですね。当時の価格より高かったけど、躊躇わず購入。邦題『ラテンの王者 ミゲリート・バルデス』。
ヴァーヴで録音されたこのアルバム、'60年代後半以降の作品と思われますが、興奮して買ったわりには一度しか聴いていない。ミゲリートの歌もオーケストラ演奏も最高なのだけど、僕が求めるラテンのイメージとはちょっと違っていた。ジャズのビッグバンドとのコラボだからだと思う。
オリジナルにあった素朴な、どこか抜けたようなイナタさが削がれ、コンガもオーケストラの添え物になってしまって、ノリがどうも違う。

たぶん自分が西洋音楽以外に描くエキゾチック幻想は、楽曲のバランスをハーモニーで強化しないところにあるのだろう。ラテンならパーカッションを中心に、アラブ音楽なら単旋律を大人数で太くしたゴリゴリ感。
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CDでは、廃盤のMCAジェムズ盤の中古を、ほぼ定価で購入。『アフロ・キューバンの真髄~マチートとミゲリート 1941-1958』。マチートとミゲリートの歌唱が半々ずつ入っています。オーディブックで聴いていた代表曲の再演が聴かれる。
先日のお気に入りレコード『Cuban Nights』と内容がかなりダブってしまったが、同じ曲でもCDでは金管がキンキンしていて、やっぱりレコードのほうがいい。

マチートさんのほうは、まだあんまり聴いてないので、いずれあらためて。
マチート楽団とミゲリート楽団の伴奏で、ミゲリートの歌唱を2曲。

「耳をすます」

茂木健一郎氏の『すべては音楽から生まれる』から。
【結局、音楽というものは、音を聴いたり演奏したりする時にのみあるのではなく、生活の隅々にまで存在しているということに気づかされる。「人生のすべてが音楽である」という気づきを持つことが、生きていく上で大事なのだ。】

そう、そうと頷きながら読んだ。音楽を聴いていない間も「音楽」って在るんだよねぇ。
時間とお金のある限り、好きな音楽や新しい音楽は聴き続けていたいが、音楽は「情報」ではないから、次々詰め込むように聴き続けることが全てじゃない。

以前は、移動中の電車や散歩中に、ひっきりなしにアイポッドを再生していたけど、近頃、とんと使わなくなった。ヘッドフォン嫌いもあるが、たまには音を想像するのもいい。好きなアーティストの歌を頭の中で反芻したり、新しいフレーズを探したり。

谷川俊太郎さんの詩集に『耳をすます』という作品があって、タイトルが気に入って、それだけで購入した事があった。児童向けだが、装丁もインパクトがあって黄色地に縦書きで大きく「耳をすます」。ありふれた暮らしの中の音に耳を澄ましてみる、という内容の詩。
いまその本が手元にないが、【モカシンのスタスタ…】というフレーズが心地良くて好きだった。

無風状態の無音も好き。音が無い音。
その辺の紙を拾って、筒状に丸めて耳にあてがうと、空気の流れが聴こえる。
さらに筒の角度を変えると、サーッという音が、ややザーッというニュアンスに変わったり。
無音の音がこれほど表情豊かなのだ。リズム、メロディー、音色、ハーモニーを与えられた人間は、きっと無限の可能性を与えられたんだと思う。
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あまり頭でっかちなこと書くと、自曲がUPしづらくなるので、このへんで(笑)
以下、ジューン・テイバー。
The Irish Girl - June Tabor

鮮やかでワクワクする

オリジナル曲について感想メールいただきました。有難うございました。
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梅田で友達に髪をカットしてもらった。帰り際、「真っ直ぐ帰るん?」と訊かれたので、
「いや、タワレコに寄るよ」と答えたところ、「どっちのタワレコ?」と。
梅田はマルビルの一店舗だけでしょうが。すると、「NUにもあるで」と。えっ、知らんかった。いつの間に。。

そのタワレコで、ブライアン・ウィルソンの新作だけ買うつもりだったが、ワールド・コーナーに立ち寄ってしまい、カリのVol.4とアルセニオ・ロドリゲスのCDにも、手が出てしまう。
ブライアンは、DVD付きのほうで買う予定だったが、よくよく考えると音楽DVDって、一度観たきりになるパターンも少なくないので、一番安いほうにした。
コチラで全曲試聴できますが、全曲メドレーになっているため、試聴用では、曲間がブツ切りになります。

CDでは爽快に一気に聴き通せた。ビーチボーイズの曲もブライアンの生き方もほとんど知らないけど、初ソロ作以上にワクワクして聴いた。
『Smile』はマジカルな感じだったが、こちらはサウンドがカラッとして、ヴォーカルも冴える。ジャケもいい感じ。

純愛と自己愛

最近、というか、もう随分前からJ-Popという範囲の音楽をほとんど聴いていない。TVで流れているのをダラ聴きする程度だ。10代-20代の頃に好んで聴いたアーティストは、今でも新譜を買うことはあるけれど。
自分より若い人の音楽を聴かない傾向は、昔から。自分より幼いのはイヤなのだ。
恋愛の歌など世の中には数多あるが、最近の恋歌って、相手に愛を乞うメッセージというよりは、「恋愛してるオレって、イケてる?」って言ってるように聴こえてしまう。単なる若さへの嫉妬か(笑)

「愛」=「愛憎」ともいえる、と思っている自分としては、この「憎」の心が描かれた歌に、最近出会えていない気がする。
昭和歌謡は、「憎」を上手に込めた歌が多かった。「憎しみ」や「恨み」を表現できてこそ、いっちょまえの歌手、ってイメージが子供心にあった。負の感情がもたらすカタルシス。
cn
先日、読了した茂木氏の『すべては音楽から生まれる』は、クラシック音楽の話題が主だった中で、唯一、ちあきなおみさんの名前が挙がっていた。
そりゃ、完璧な歌世界だもの。それは、彼女自身のことを歌っているように聴き手に思わせ、また、聴き手自身のことのようにも思わせる。どちらかといえば「陰」のイメージが強いけれど、ときに暗く激しくとも、どこか奥ゆかしい情感を感じさせる。
それは、自己愛よりも、献身からくるものじゃないだろうか。

狙うな、ハズせ

先月、また一つ歳をとった。もう、この年代になると、誕生日がきても何とも思わない。しかし、まぁ時間ばっかりが、とっとと過ぎていくよなぁ。
夏生まれだからといって、暑さに強いわけでもない。特に今年の夏は暑さでヘロヘロ。宅録しようと、ノイズを減らす為に部屋を閉め切って、クーラーつけずに歌っていたら、ノボせてしまった。

宅録用ソフトを一年ほど前に買って、以来、キーボードとヴォーカルのみを録音しながら、自分なりにあれこれ試しているのだが、これが侮れない。特にヴォーカル録りが難しい。
キーボードの伴奏も難しいけど、楽器は基本的にピッチ(音程)が約束されている。しかし、人間の声は、機械でも楽器でもない。僕の場合、放送禁止音程が出る。

ふだん、何気なく歌っている時は、もうちょっとうまく歌えている気もするのに、いざ録音となると、意識しすぎるのか、一音一音、自分の出す音が気になって仕方がない。
音程を気にしすぎると、音楽自体がつまんなくなりそうだし、かといって、かっとばして歌うと、てんでバラバラになる。
ここだけは外せない、という決め所がやってくると、緊張してミスをしちまう。そろそろ終盤に近づいて「なんとか歌い通せるかな」と楽観しかけた途端、ドボンしたり(笑)。

狙えば狙うほどハズす。このパターンは、振り返れば自分の人生自体がそうだったような。何か望むものを追えば追うほど、それはかえって遠のいてしまったり、叶えようと集中すればするほど、肝心な時にヘマをやらかす。裏目に出やすいタイプ。

この際、開き直ってワザと外してみたら、かえってまぐれ当たる事もあるのではないか。そういえば、僕がボーリングの球を投げる時、ガーターを狙ったほうが、ストライクが出たりする。
その要領・その意識で歌い直してみた。「ハズせば当たる」。
曲のクライマックスが近づいてきた。・・・いざ
音程が、ハズれた。

スピリチュアルな孤独

vm
ヴァンの音楽は、そんなに好きになれないと思っていた。
同じアイリッシュでも、R&B系の音楽だから、当初は興味がなかった。ザ・チーフタンズとの共演による「アイリッシュ・ハートビート」だけは、トラッド集なのでよく聴いた。
何よりも無骨なヴォーカルがとっつきにくかった。

それでも不思議なもので、ヴァンのアルバムは手元に少しずつ増えていく。多作なアーティストとはいえ、好きじゃないと廃盤まで集めたりしないだろう。
一聴してソフトに迎え入れてくれるとは言い難いヴォーカル。次第に、リスナーの心を照射する魂の歌のように聴こえていった。

音楽的には、オーソドックスなコード進行だと思うが、非常に集中力の高い独特の歌唱で、ブルース、カントリーなど、アルバム毎にコンセプトを多少変えようと、ヴァン節はヴァン節。曲と曲はループし、アルバムとアルバムはループする。一貫した壮大なスケールは、ヴァンそのものが音楽であるかのようだ。

♪ムーンダンスには申し分のない夜
君の瞳の天空に星はきらめく…(ワーナー国内盤より)
moondance

乾布摩擦

先月下旬ごろから、どうも体調が悪くて、なんでかなぁと悩んでいた。
胃がもたれて口内炎ができるのは、先日これでもかと焼肉の食べ放題を食べ過ぎたから、とは自覚していたが、
声嗄れがヒドい。まるで爺ちゃんの声だ。リキんでもヒューヒューしか出ない。

そこで生活習慣を振り返ってみた。多分、原因は扇風機だ。
ある日から急に涼しくなって、これならクーラーかけずに寝られると思って、代わりに扇風機をガンガン顔に当てっぱなしだった。これがかなり体を冷やしてしまったんだと思う。
赤ん坊なら、それで死に至るケースもあるそうだから、リズム風に切り替えるようにした。そしたら声が戻った。

季節の変わり目は風邪を引きやすい。風邪は万病のもと、とはよくいったもんだ。
心が風邪を引く、という表現もある。風邪は、心身の状態を計るバロメータかもしれない。
そこで、思い立って乾布摩擦を実行することにした。今からやっとけば冬は大丈夫かなと。
もくもくと摩擦しているとヒマなので、試しに喉を摩擦しながら「ア~」と発声してみた。
そうすると、あらためて気がついた。声帯って物凄く振動してるんだね。布に伝わるよ~、ほら、ビリビリ~っと(笑)。

言い表し難い「何か」を求めて

何年かぶりに読書しました。ふだんから本は、読まないんですよ。
『すべては音楽から生まれる』(茂木健一郎著・PHP新書)。
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脳科学者の茂木氏はよくNHKの放送で見かけていて、素人にもわかりやすい語り口。この本も口述を文章にする形がとられ、クラシックには縁遠い僕でも読みやすかった。

文中に出てくる「クオリア」という言葉。
"ラテン語で「質」や「状態」を表す。脳の中で物理的な過程はすべて数量化できるのに対し、クオリアは数量化できない。"(本書より引用)

作品に感動した時は、言葉が出ない。その言い表し難い「何か」。それが僕にとっての「クオリア」なのだと解釈している。感動を意識・分析しようとすることは自分にとって大切だと思う。

個人的な体験では、かつてワンマン・ライヴを試みたときのこと。
一日、有休をもらって、小さなホールで友達と弾き語りをした、あくる日、
またいつも通り出勤すると、職場の風景が一昨日と、違って見えたのだった。それはとてもクリアーな感じだった。
これは、しばらく旅行で出かけて、久々に家に戻ってきた時に、部屋の様子が違って見える感覚と似ている。けれども、今回は、たった一日を隔てただけなのだ。

もちろん自分はアマチュアだし、演奏を振り返ると多々ミスはあった。ミスの箇所も冷静に憶えてる。
パフォーマーのコンディションが悪い日は、プロもアマも関係なく、客出し中の客の様子をうかがうと、一様にグッタリ疲れた顔になる。あの日、お客さんの足取りは軽かった。僕自身も楽しかった。面識のないお客が「ありがとうございました」と言ってくれた。
たった2時間弱のライヴの間、自分はお客さんと何処かへトリップしていたのだろうか。
音楽にはえもいわれぬ力があるのは確かみたいだ。

この本については、またあらためて触れたいと思います。

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 シャケ/YASUHISA

Author: シャケ/YASUHISA
男性 昭和40年代生まれ

愛猫カオ(ロシアンブルー)と同居
常にマイブームがないと生きていけない

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