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2018/11/12

工場ビデオ

hanwa181111
FUJIFILM X-Pro2 XF56mmF1.2 R 2017.12

アレルギー期に砂糖を摂り過ぎるのはNGのようで、牛肉の甘露煮と、割引につられて手が出たおはぎ2個で見事撃沈。まだ10月のような陽気のせいで拷問が長引く。



中島さんの『夜会工場』の映像版が発売予定(以下にトレーラー)。これは既知の通り『夜会』のダイジェスト・コンサート版で、このVol.2が最初の発売。ぼくはVol.1を大阪で、Vol.2はチケットはずれて観られなかった。
なので、入手したいところだが、ちょっと手が出にくい。このコンサートの構成は、文字通り過去に催された演目のクライマックス・シーンを集めたものだが、舞台セットと衣装の転換にかまけて、本人の歌がじっくり聴けない点が馴染めないのだ。

繋ぎで他の登場人物が代わって歌う場面が多すぎて、フル・コンサートのつもりで観にやってきた人は大いに不満を感じるだろう。尤も、舞台劇の観点でみれば、けして彼女の独り舞台ではなく全キャストによる配分によるものなのだろう。が、それが自分などには、オリジナル本編を超える満足は得られませんよ、と言われてるみたいで・・・。果たしてこのような構成が、新作『夜会』(渡辺真知子さんが共演するらしい)への動員に繋がるのか疑問だ。

よって、トレーラーを観れば、あたかも彼女のソロ・コンサートのようであるが、全編中の何割かに留まるはず。だから買おうかどうか迷う。かつてコクーンで実際に鑑賞した『金環蝕』の中で歌われた「EAST ASIA」の再現は観てみたい気もするが。

2018/10/03

In Rainy Sky

october181001
Panasonic DC-G9 LUMIX G MACRO 30mm F2.8 2018.10

せっかく陽水さんが聴き放題になったのに、各アルバムの冒頭数曲聴いて止めてしまう。どうもフォーキーな曲に耳を傾ける気分になれないみたい。もちろん「少年時代」のメロディは好きだし、アルバム『LION&PELICAN』も大好きなんだけど。昭和歌謡は、ハーモニー自体はシンプルなのに、結構こってりと楽器群にオブリガードを付けて、カラフルに聴かせるものが多く、これが今となっては忙しくかえって古びて聴こえてしまう。
陽水さんのロックって、フォーキーですよね。



それで陽水さんはいったんスルーして、こちらも一挙配信となったユーミンのほうは、Deezerでも全曲聴ける。このクラスの国内アーティストでDeezerてんこもりはユーミンが初でしょう。すごいわ。
でも、色々聴くほどに、やはり手持ちのレコードの曲に戻っていく。『OLIVE』(1979)は、才気ほとばしるメロディと歌詞が揃う。このアルバムについては、過去にも取り上げ済みだが、ぼくは彼女の全曲の中で、本収録「ツバメのように」が一番好きかもしれない。

親しかった知り合い女性の自殺を歌った内容だが、今聴いても洒落たサウンドで、たとえば近い内容を歌った中島みゆきの「十二月」と比較するのも興味深いかも。
ユーミンのほうは、メジャーとマイナーを巧みに使い分けながら、さらりと歌って一見シリアスに聴こえないくらいだ。今般あらためて歌詞を確認すると、知人の自殺理由は"裏切った恋人のせいじゃない"となってるんですね。誰かのせいじゃないんですね。じゃ何故彼女は死んだのか? これが作品をいっそうミステリアスにしている。
また、一人称である私(ユーミン自身?)が、飛び降りた彼女について"生きてゆく私には 綺麗だわ"と呟くところも、密かに自殺願望を覗かせるようで、深い物語だと感じ入る。

J-popは、なまじ日本語が耳に付くぶん、メロディのフレーズと言葉の文節が合っていないと、居心地悪くなったりするが、特に本曲など、歌詞カードを読まずとも物語が明快にスッと入ってくる。後年、ビデオクリップ化された『コンパートメント』では、同曲の映像も最後まで凝ってる。VHSからDVDリイシューされた際、パッケージのデザインを新しくしたんだね。
2018/10/01

昭和歌謡を聴かなくなった

minatomachi180925
FUJIFILM X-Pro2 XF80mmF2.8 R LM OIS WR Macro 2018.08

渚ようこさんが亡くなったんだね。驚いた。年齢非公開だったが、まだまだ若かった筈。手持ちの彼女の作品はアルバムが2枚と、ライブビデオが1本ほど。近年は棚から取り出して聴くことは全く無くなっていた。彼女のやや素人がかった歌い口に昭和の懐かしさを感じたものだった。



そういえば、拙宅の当初の音楽記事は、まだ昭和歌謡を扱っていたが、今では振り返りたいと思わなくなってきた。国内ポピュラー界自体に、元々関心が薄く、限られたアーティストしか聴いてこなかったことも大きいが、不思議なことに震災を節目にしたかのように、ぱったり聴かなくなったのだ。直接被災した訳でも無いというのに。まるで脳内の一部が他にコンバージョンしたかのように、自分の中の昭和はイレースされたかのよう。自身でもうまく説明できない。そしてその間、心身の具合が少し悪かった。父を亡くした影響もあったかもしれない。

それから、明らかに(自分は昭和を懐かしく振り返ることはないだろう)と感じた節目が、同い年のバンド絡みの友達のバー起業だ。「今は、大衆のための歌が無い時代」と、マスターは言った。ぼくは内心、そうかな?と。彼の音楽観には、何処かしら芸能界のギミック絡みの幻想があるような気がした。彼はミナミのほぼど真ん中に店を開いた途端、「弾き語りのうまいマスターが居る」との評判を呼ぶことを夢見ていたようだったが、叶わなかった。当初からぼくは彼の音楽面も経営面にも首を傾げたが、閉店するまで一応顔には出さなかった。

昭和って今より窮屈じゃなかったっけ?と。今より公害問題も多かったし、庶民の喫煙マナーは悪かった。子供の頃、父が車の窓も開けずにプカプカ吸ってて嫌だったなぁ。何が良かったんだっけ? 中国ファンドの利率が高かったことくらい?
そうそう音楽でいえば、ちあきなおみさんの実力は時代が変わろうともぼくの中で評価は変わらない。というか大衆が平成に入って彼女を失ってから俄然追いかけてきたような憶えがあるんだけど、気のせい?
その彼女の歌でさえ、今はどうも気分じゃない。身の回りの空気感にフィットしない。洋楽については依然、懐古趣味的なリサーチを続けているというのに、どうしたことなんだろうね。
2018/09/24

ユーミン・ボッサ

higan180923
FUJIFILM X-Pro2 XF80mmF2.8 R LM OIS WR Macro 2018.09

台風後の長居植物園が通常開園ということでカメラを携えて出かけたが、ほとんど倒木を見に行ったような感じ。まだ森林区域は立ち入り禁止で、片付けられた切り株が脇にところ狭しと並べられているが、全面復旧にはまだまだかかりそう。
今回お目当ての彼岸花は一応ゲット。でもこの花、わしゃわしゃした形をどう捉えるかが難しい。なのでマクロレンズで只、真上から撮ってみた。



本日から、ユーミンのアルバムが一斉配信とのことで、手持ちに無い作品を幾つかSpotifyで試聴。先日も、井上陽水さんのリマスタリング配信が始まり、Deezerでも一部アルバムが聴ける。これを節目に国内大物アーティストも続々展開されるのでしょうか? 中島さんはどうするんだろう。

ユーミンですが、新旧ランダムに流してみたところ、なかなか好みに合わず、手持ちアルバム群を凌ぐほど耳に引っかからず。ごく自然に惹かれたのが、『Frozen Roses』(1999)の1曲、「巻き戻して思い出を」。
個人的に彼女のヴォーカルをイメージして、むかしボッサ・ノーヴァのリズムで曲を書いてみたもので、たぶん彼女の「あの日に帰りたい」が原点のように頭の片隅でぐるぐる回ってたんだと思います。
本曲も、洒落たブラスをフィーチャーしたボッサのアレンジも当たり良く、一聴してユーミンらしいメランコリックな歌詞。趣味が固まりつつある自分には、いろんなことやってる彼女のアルバムは通して聴けなくなっているが、さすが職人です。
2018/02/22

変わる・変わらない

back180221
Panasonic DMC-G8 LEICA DG SUMMILUX 25mm F1.4 2018.02

14~15歳の時に聴いた音楽というと、たとえばこれですね。(小生の具体的な年齢をお知りになりたければ、発売年で分かるでしょう。)



何日前だったか、目覚めの時、何故かこのアルバム収録の「ばいばいどくおぶざべい」の歌詞の一節を思い出していた。

【挨拶をきりだすのは こちらから】(中島みゆき「ばいばいどくおぶざべい」より)
※歌詞全体はこちら

ライヴハウス出演を馘になったであろう男が、次に店を訪れる頃には、すでに誰からも自分は忘れられているという現実。今更ながらこの節を思い出して妙に痛くなったのだ。

本作発表当時、彼女のファンの多くは、抒情的なフォークの作風を好んでいた筈だったから、本曲に関しては意表をつかれたというより、"かったるい"などという感想も少なからず目にした。なにせ前作『寒水魚』のイメージからさらに趣向が変わったものだから。

ぼくはこの曲、好きだった。今振り返れば、A面全てのバンド・アレンジを彼女自身が担当したのは、後にも先にも本作のみ。しかもこの「ばいばい・・・」は、ベースが細野晴臣ときている。
本作をひっさげたツアー・パンフレットの写真と、この曲の印象が被るのだ。モノクロで、薄暗い舞台袖から客席を少し窺うように佇む彼女。

「ばいばいどくおぶざべい」は、かの有名曲「ドック・オブ・ザ・ベイ」と「ライク・ア・ローリング・ストーン」が、それぞれ平仮名表記で登場。
あらためて詞を読み返すと、冒頭3行目迄と、4行目以降の一人称と二人称の関係性が、一聴しただけですぐには分かりづらい。けれども当時、無意識に聴くだけでも、この歌の悲哀というか、深い情感は伝わってきた。

彼女のミュージシャン絡みの作品といえば、他にすばり「ミュージシャン」があり、こちらも私(女性)とあなた(ミューシジャン男性)が、互いに呼応する形で登場し、関係性でいえばこちらのほうが分かり易い。
「ばいばいどくおぶざべい」は、時代背景的にみて、彼女の経験が基になっているとすれば、まだ彼女のデビュー前のアマチュア時代の出来事となる。
変わりたくない自分と変わりゆく時代。変わらざるを得ない自分。曲名の平仮名表記から漂う拙さが、実はこの物語の救いなんじゃないか。