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2019/08/15

フェイクの手紙

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FUJIFILM X-T30 XF23mmF1.4 R 2019.08

アカデミー賞関連で話題にのぼった筈なのに、日本公開が見送られた米映画『ある女流作家の罪と罰』(2018)をAmazonにて視聴。
主演はメリッサ・マッカーシー、リチャード・E・グラント。
実在の伝記作家、故リー・イスラエルの自伝『Can You Ever Forgive Me?』に基づくストーリー。'90年代、マンハッタンで猫と暮らす彼女は、次作の仕事に恵まれず、生活困窮に陥り金策に奔走する中、大事にしてきたオードリー・ヘップバーンの手紙を古書店に売り、それを機に、伝説の著名人の手紙の偽造を思いつく・・・。



ウィットに富んだセリフの間に流れるオールド・ジャズが、リーの理想と現実の間を彷徨するように流れる。観るまで知らない作家だったが、彼女はかつてヒット作を産んだ作家であり、たった一度の成功を夢見る中年女性では無いのだ。そのため、マレーネ・ディートリヒや、ドロシー・ケリガンらのタイプによる筆致を、本人に成り切ったように書き分ける能力を備えていたのだ。

調子に乗っていくうち古物商界隈のブラックリスト入りを聴かされ、そこで怯んで止めるかと思いきや、旧いゲイ友、ジャックを使いに代わりに同じ顔触れの業者に売り捌きに行くのだから、呆れたもの。偽造は実に400通にのぼったそうだ。
後に裁判所でリーは最後の申し立ての際、弁護士から指導された謝意のメモ書きとは裏腹な、詐欺の期間をイキイキと過ごせたことを告白。執行猶予中、罪悪感を抱きつつかつて騙した文学友達を遠巻きに訪れるシーンは、いかにも映画的演出だが、これも事実だったのだろうか?

年増だの、時代遅れだのと、都会で置き去られた惨めさ・貧しさにもかかわらず、ジャックに連れられ訪れたゲイバーで、彼女はジャズ・シンガーの歌にしばし酔いしれる・・・けして抜群に巧い歌唱では無いのに・・・。
リーが後に杖を付いたジャックと再会するシーンでは、二人の間の時間の経過と、エイズの流行も映し出される。ガラス越しの演出が効いていた。

▼日本語字幕予告編
https://youtu.be/7wcnStDJeLg
2019/07/16

引き替えの理由

国内では2018年にデジタル配信によって初公開された米映画『Love, サイモン 17歳の告白』をWOWOWにて視聴。
主人公のサイモンは、幸せな家庭に育った平凡な高校生だが、ゲイであることを隠していた。ある日、学内交流サイトにハンドルネームでゲイ告白する者が現れ、サイモンはその同級生らしき人物とハンドルネームで交流始め、自己の生き様を探し求めていく。



後味の良い学園ドラマ仕立てで、良く出来ていた。前半のほとんどが、相手を特定できぬ同級生"ブルー"の返信を待つ主人公サイモンのソワソワした日常が描かれ、観ていてじれったくなるが、歩行中携帯利用する生徒達のスマホを取り上げる副校長のキャラクターなど、横やりシーンが軽妙なテンポを生む。
このかん、サイモンの"どうして異性愛者はカミングアウトする必要が無いんだろう?"という率直な疑問が、周囲の友達キャラに被せて脳内シミュレーションされるのが面白い。男友達が"俺、実は女の子が好きなんだ"と告げて、両親がのけぞるなど。
この前半、周囲の同級生男子に、"彼がブルーだろうか?"と勝手に思い込み繰り返し言い寄りかけるサイモンの行動は、異性愛者が同性愛者を割り出そうと外見判断で疑惑を向ける視線と変わらないように観え、筋書き上の納得はするが、少々不快感はあった。

ある日、学内パソコンで"ブルー"とやり取りしていたサイモンは、途中で人に話しかけられうっかり、そのまま席を外した隙に、同級生マーティンにWebメール内容を読まれてしまい、サイモンと仲良いガールフレンドとの交際を取り付けるよう、マーティンから脅迫を受ける。
この展開は軽妙に描かれ、サイモンの苦悩はさして表現されていないが、後に、マーティンが群衆の前で彼女に告白、ものの見事にフラれたザマが、学内サイトにアップされ、火消しに走ったマーティンが引き替えの話題として、サイモンがゲイであるとアウティングしてしまう。

ここから安穏に過ごせていたサイモンの学園生活が暗転、翌日登校すると周囲の好奇の目。これは辛い。以降、解決・回収へクライマックスとなるが、ストレートの鑑賞者が本作に理解を示しやすいのは、異性愛男子の脅迫目的が、サイモンの性的指向アウティングとの引き換えに好きな女子との恋愛成就であったこと、それによりサイモンが仲間達の恋愛を意図的に引き裂いたこと、それらの発端は私たちが性的少数者の存在を認めないことにあるからではないか?という自問にスムーズに持っていけているからだろう。

しかしドラマとはいえ、ネットでアウティングされた後、サイモン自ら声明を出し、相手の分からぬ君に恋したと告白、その彼との落ちあいまで公衆の面前で演じなくてはならなくなるのだから大変。このメール相手がだれなのか最後まで引っ張るのが仕掛けだが、いよいよ判明した相手といきなりキスするのがいささか奇妙に感じられるのは、こちらがSNS出会いなど考えられない古い世代の鑑賞者だからか? しかしこのプラトニックなシチュエーションが肉体興味の描写をおのずと削ぎ、清涼感のある印象付けた成功要因ともなり得たのだろう。
2019/07/01

二重の権利

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SIGMA DP2 Merrill 2019.06

WOWOWオンデマンドでは番組編成外のネットでのライヴ配信や、見逃し放送の録画を楽しめるのだが、大きなTV画面で視聴したい人には、AmazonのFire TV Stickを使うと観られるらしいのだが、ウチのTV画面サイズ、パソのモニターと大して変わらないというw



劇場鑑賞機会を逃していた米英映画『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』(2017)をWOWOWオンデマンドにて視聴。1973年、往年のテニス男子選手ボビー・リッグスの挑戦を、ビリー・ジーン・キングが受けて立ち、世紀の男女対抗試合が始まる…。

そう、WTAという女子のテニス・ツアーは、このキング夫人の設立が起こりなんですよね。映画の序盤は、これに至る経緯として、当時の大会運営トップ(もちろん男性)が、女子の賞金を男子の8分の1に定めたところが、発奮のきっかけとして描かれる。

女子テニスの賞金引き上げ、ひいてはウーマンリブを引っさげたツアー中のさ中、彼女の、夫が居ながらも同性愛指向の面が挿入される。レビューなど幾つか拝見するには、この美容師の女性とのラヴシーンが少々くどい、との感想が見られたが、このシーンを多めに盛り込んだのは、映画の主旨が、女性の人権運動に加え性的少数の件を、事実上は並行して描くことが困難だったからではないかと思われる。

実際、キング夫人は、相手の美容師から'80年代に入ってアウティングされた時点では、「自分がレズビアンであるはずはない」、「男嫌いの女など大嫌いだ」と主張していたそうです。なので本編は未だ公に出来ない個人的なエピソードとしてしか描写しようがなかった時代。
後に、キング夫人はカミングアウトしているので、その後のLGBTQの人権向上への貢献など調べればネットで見つかると思いますが、映画鑑賞後、この、彼女の当初のレズビアンに関して拒絶した回答内容を知り、個人的に過去に観た映画『ブロークバック・マウンテン』の拙宅での感想につき、ちょっとした論争になった件を思い出します。

当時、拙宅に反論してきた自称ゲイさんが、「当人は必死に嘘を付いて隠してるものなんです。」と言い張った。でも、『ブロークバック…』の'60年代のカウボーイ主人公は、かつて寝た同性相手に「あらたに女が出来たんだ」と嬉しそうに告げるシーンがあります(こちらはフィクションだが)。嘘を付く必要のない相手にどうしてでしょう?
今回の、キング夫人の拒絶発言を目にして、彼女が初体験当初の未だ無自覚な状態で、後に相手女性からアウティングされた時点では、嘘をつく意識も無く真っ向から否定していた可能性を考えました。同性とセックスした客観的事実があるのに、本人は有り得ないと断言する。そこには背景がある、という事が、かつての自称ゲイさんには、幾ら言っても伝わりませんでした。

1973年、男と女しかいなかったきつい時代。助演のアラン・カミングが終盤おいしいところをさらってくれる。「僕たちがありのまま生きられる時代は来る。それまで、今は君の勝利を祝おう」(うろ憶え)。

意外に笑えた箇所が、劇中のマーガレット・コートが、キング夫人に同行する美容師を見て「あれは愛人よ」と、見抜くところ。このアンチLGBTQのレジェンド、コート夫人は、これらの人々を誹謗するメッセージを近年でも出しています。

※キング夫人、コート夫人の映画本編外の事実関係の記述については、サイト『石壁に百合の花咲く』の当該記事を勝手ながら参考・引用させていただきました。
2019/05/10

善悪の入れ替え

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FUJIFILM X-T30 XF80mmF2.8 R LM OIS WR Macro 2019.05

ネトフリのオリジナル・ドラマ『ブラッドライン』を視聴開始。シシー・スペイセクが出演していて面白そうですよ。が、ネトフリ側から米ソニー・ピクチャーズ・テレビジョンに第3シーズンで終了する旨の通達があったらしい。

(画像のみ)
blood190509

第1シーズン3話まで視聴。ある島のリゾートホテルを経営する一家の確執を、過去のエピソードと交差させながら、関係を浮き彫りにするサスペンス。
長男が鼻つまみ者の放蕩息子で、彼と周囲との対比関係で非常にドラマが掴みやすい。が、この長男が過去に一体何をやらかして、親父から嫌われているのか、なかなか説明されないまま、他の3人兄弟の真面目ながらも相続絡みのキナ臭い言動を挟んでゆく。毎エピソードのラストには、既に長男が兄弟の手によって始末されたシーンが唐突に現われ、回を追えば事態の総てが明らかになる趣向らしい。
キャラクター造形が明確で、演者もきっちり応えていて、今のところ気持ちよく観られる。こういう渋い作品に限って、打ち切られてしまうものなのかねぇ。
2019/04/28

泥足のSF

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Panasonic DC-G9 LUMIX G 20mm F1.7 II ASPH. 2019.04

いつも通る坂の上から、スキンヘッドの見知らぬおっちゃんが、"明日から10連休やーー"と喚きながら自転車で疾走してった。すれ違いざま目が合ったが、ほんとに嬉し気だった。意外と自宅で過ごす人が多いそうですね。自分だけかと思ってた。



ネトフリでアルフォンソ・キュアロン監督の『トゥモロー・ワールド』(2006)を視聴。2027年、世界恐慌の中、人類は不妊により18年間、子供が出来なくなった状況からドラマは始まる。

ひたすら泥足で逃避行する異色SF。好みでは無かったが、見応えある描写力だった。主演のクライヴ・オーウェンにジュリアン・ムーア、マイケル・ケインも好演。
基本的にSFを観ないもので、まず奇跡的に妊娠した不法入国の女性について、攻防戦が繰り広げられる訳自体、呑み込めていないという。だが、実際に生まれてきた赤ん坊を目にして有難がる人々のシーンを観て、未来に希望が無ければ、人の心はこんなにも荒んでしまうものかと感じ入らずにはいられない。

ある海外ジャーナリストが50年後の日本は犯罪大国になっている、と予想してたが、それと重なるようなイメージで身震いしそうだ。