ラスト・シーンの解釈

ブルーレイに買い替えたヒッチコックの『めまい』を再見した。綺麗な映像で観られるようになって幸せ。田舎の電器店のレンタル・ビデオ(VHS)で借り直して観た頃を思えば飛躍的です。

あらためて観直したところ、圧倒的な映像美もさることながら、物語のなんとも異様な展開がたまらない。緩やかに息詰まる感覚をもって、男女の真理を解く手掛かりが残されているような気がしてならない。

ラストの鐘楼シーンは、前半と違って夕刻を過ぎた時間帯、華麗な色彩構成で撮影された本編の中で、クライマックスにふさわしくないほどの暗黒に閉ざされた重苦しい映像だ。このシーン、男女が揉み合いながらズルズルと階段を上るさまが、『女殺油地獄』のラスト・シーンと重なるのだが。

さて、このラスト・シーンの鐘楼に登り詰めたスコティとジュディ。二人の愛の行方を固唾を飲んで見守っていると、突如階下からもうひとりが姿を現わします。

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誰が誰をどのように愛したか?

アルフレッド・ヒッチコック監督の「めまい」と、アン・リー監督「ブロークバック・マウンテン」は、共通点があると思っている。"愛の幻想"というテーマにおいて。

愛し合うカップルは、互いに違うものを見ていた。
こう書くと、たかが感情のすれ違いの物語じゃないか、と受け止められそうだが、これらの作品は特異である。

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男女の偽れる盛装

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最近、ヒッチコック映画のTV特集があったようで、当ブログに大挙して『めまい』に関するアクセスがあり驚いた。
おそらく作品に感銘を受けた方が、レビューを求めて検索されて来たのだろう。

そこで逆に今回の放送を観た方のブログを、いくつかランダムに拝見したところ、
「こんな筋書き有り得ない」という低評価の感想を見つけた。ほぉ。
でもねぇ、映画というものは、まやかしですよ。『めまい』は"まやかしの金字塔"なのです。

このサスペンスの向こうに、実は男女の典型的なすれ違いの構図が透けて見えるようだ。
それは男女の欺瞞。
この作品の中では、

スコティの愉悦-彼はジュディを愛したか?-

『めまい』は、高校時代、レンタルビデオ鑑賞したのが最初で、7つ上の姉とも鑑賞した。その姉いわく、「スコティはしつこく、いやらしい」と言うのだ。特に中盤のトリックが明かされてからの、ジュディへの接し方に、そう感じたようである。
僕はそうでもなかった。男と女の見方の違いだろうか。やはりトリックが明かされたことによって、ここから観客の主眼によって、見方と感想が異なってくるのだと思う。

なぜならば、

物語を見つめる「眼」

久しぶりにヒッチコック映画『めまい』について触れたくなった。
『めまい』はいわゆるラブ・サスペンスだが、途中から主役の男への感情移入が難しくなる。中盤で観客だけにトリックが明かされるからだ。
(以下、ネタバレ注意)

↓本編では、3人の構図は有り得ない…

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 シャケ/YASUHISA

Author: シャケ/YASUHISA
男性 昭和40年代生まれ

愛猫カオ(ロシアンブルー)と同居
常にマイブームがないと生きていけない

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